新生活とお隣さん 2

 昼休み。私は自分の席に座りながら図書室で借りた本を読んでいた。

 机の上には手つかずのお弁当箱が置かれている。お昼は隣の席の女子と食べるのが日課になっているのだけれど、彼女は係の仕事でがあるとかで、現在席を外していた。

 先に食べていて良いと言われたけれど、せっかくだから戻ってくるまで待つことにし、その間こうやって読書に励んでいるというわけだ。


 本を読むのは好き。読書は勉強やバイトや家事に追われる私にとって、気を休めることができる貴重な時間だ。

 読むだけでなく、実は書くのも好き。小学校の頃、将来の夢は何かと聞かれると迷わず小説家と答えていたし、日常生活の中で何か話のネタにできる出来事と遭遇した時、忘れないようそれをメモできるネタ帳なるものも持ち歩いている。けど――


 まさか私が、小説の題材になるような人生を送るなんてね。

 今読んでいる小説は、親を事故で失った6人兄弟が力を合わせて生きていくと言う話。私の置かれている状況に、少し似ているかな。

 まだ最後まで読んではいないけど、ハッピーエンドになってほしい。現実はうまくいかない事ばかりなのだから、せめて小説の中でくらい幸せになってくれても良いじゃない。


 私は一応文系志望ではあるけど、もう小説家になりたいなんて夢は見ていない。それよりももっと堅実に、地に足を付いた仕事を選んだ方が良いに決まっている。

 本好きが高じて、小中学校ともにずっと図書委員をしてきたけれど、高校に入ってからは立候補すらしていない。図書委員は当番制で、決まった日の放課後図書室で本の貸し出し作業をしなければならないから。そうなると、バイトする時間が削られてしまうもの。


 長年続けてきたネタ帳を書くことだけは未だに癖で続けてるけどね。

 ポケットにメモ帳を入れるのが習慣化しすぎていて、今では入っていないと重さが足りなくて落ち着かないくらいだ。

 そんな余計なことを考えつつも読書を進めていたけど。


「ごめん、さーちゃん。遅くなった」


 ヴェーブのかかった、やや栗色の髪をなびかせながらそう言ってきたのは田代霞《たしろ

かすみ》だった。

 霞とは席が隣という事もあり、入学してすぐに仲良くなった。どことなくふんわりした雰囲気の柔らかい物腰の霞は、私とは全然性格が違うのだけど妙に気が合い、今では私は彼女のことを名前で、霞は私のことを『さーちゃん』と呼んでいる。


「係の仕事も大変ね。毎回あんな荷物運ばなきゃいけないなんて」

「本当だよ。それに今日は、私一人だったから」


 言われて思い出した。たしか霞と同じ係の男子(名前忘れた)が、今日は欠席だったはずだ。だったら手伝った方が良かったかなあ。

 そう思って口にしてみたけど、霞は首を横にふった。


「大丈夫だよ。途中で基山君が、手伝ってくれたから」

「基山……ああ、基山ね」


 クラスメイト兼、隣人の顔を思い浮かべる。

 荷物運びを手伝うだなんて、なんか基山らしいわ。


 同じクラスになってわかった事だけど、基山は困っている人を放っておけない性格なのか、重い荷物を運んでいる人がいたら運ぶのを手伝うし、掃除の時間自分の担当場所が終わったら他を手伝ったりするなど、何かと気がきくやつのようだ。


 私も一度、配布される教科書を運ぶのを手伝ってもらったことがある。

 教科書が入った、まあまあ重い袋が五つ。それを運ぶよう頼まれた私が手を伸ばすより早く、頼まれていないはずの基山は、三つ抱えてくれたっけ。

 

 可愛げのある顔と、優しくて紳士的だと言う事で女子の評価は上々のようで、誰かが冗談で『王子様』みたいだと言っていたっけ。

 本人はあまりお気に召さなかったようで恥ずかしそうに「やめて」と言っていたけど。その様子はなかなか面白かったのでネタ帳にしっかり書いておいた。


 あれはもてるというより、可愛がられていると言った方がいいかな。

 そんなことを思い出しながら、私は遅くなった昼食を、霞と一緒にとり始めるのだった。

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