新生活とお隣さん

皐月side

新生活とお隣さん 1

 朝日が差し込む中、私、水城皐月みずしろさつきはゆっくりと目を開いた。

 木造の天井からぶら下がった蛍光灯が視界に入ってくる。引っ越してきた当初は違和感のあったこの景色も、今ではすっかり慣れてしまった。

 高校が始まってから、もう1週間。ここに来たのは三月の末だから、もう2週間くらいたっていると言う事だ。

 私は目をこすりながら隣で寝ている弟の八雲やくもに目を向けたけど――いない?


 隣に八雲の姿はなかった。この八福荘に越してきてからは一部屋を居間として使い、もう一部屋を寝室にしている。二人して蒲団を並べていて、昨夜も確かに隣で寝ていたのだから、いないはずはないのだけど。

 枕元に置いてあった眼鏡を取ってかける。眼鏡が無いと全く見えないと言うわけではないけど、やはりかけた方が見えやすい。

 視界がはっきりしたもののやはり八雲の姿はなく、蒲団だけがそこに敷かれていた。


 先に起きたのかな?

 私は立ち上がり、うーん、と背伸びをした。朝はあまり強い方ではない。だけど毎朝眠いのを我慢して起きているので、小学校から数えても今まで遅刻は一回もない。眠気をこらえながら私は隣の部屋へとつながる引き戸を開けた。


「あっ、姉さんおはよう」


 見るとそこには先に起きて、朝食のトーストを用意している八雲の姿があった。私はまだ寝間着姿だと言うのに、八雲はすでに着替えも済ませている。


「もう起きてたの?って、今何時?」


 私はあわてて時計を見る。部屋の隅にぽつんと置かれた置時計が指しているのが七時。しかし私が普段起床しているのは六時半だ。


「もうこんな時間?」


 学校が始まるのは八時半だからまだまだ余裕だけど、毎朝自分の分のお弁当を用意しなければならない。そんな焦る私をなだめるように八雲が声をかける。


「お弁当も朝食も僕が用意したから大丈夫だよ」


 台所を見ると私の愛用の弁当箱に、卵焼きや一口サイズに切られた野菜、それにリンゴが添えられていた。

 私が普段用意するものよりもこっている。いつもは朝の貴重な時間を無駄にしないよう、冷凍食品や昨日の残りといった用意するのが簡単なものを適当に詰めただけだ。


「こんな手の込んだもの用意しなくていいのに。冷食なら手っ取り早いでしょ」

「でも、僕は給食があるからいいけど、姉さんもしっかり食べなきゃ。栄養バランスもあるし」

「口に入れば何でも一緒よ。パンだって食べてるし」


 学校が始まってから私はお弁当以外に、前日にスーパーで半額で買った消費期限間近のパンを二つほど持って行くことが度々あった。クラスの男子に女子なのに食べ過ぎだと言われたけど、大きなお世話だ。女子は男子が思っているよりもずっと多く食べるし、早弁している子だって結構いる。


 けど、八雲の言う通り学校が始まってから料理に手を抜くことは多くなってきた。私も八雲が用意してくれたくらいのお弁当を作るのはわけないけど、毎日が忙しいとつい手早く簡単に済ませようとしてしまう。


「そもそも、先に目が覚めたなら起こしてよ」

「だって、姉さん目覚ましに気づいていなかったし。昨日遅くまでバイトしていたからちょっとは休んだ方がいいと思って」


 確かに今朝はいつも以上に眠かった。高校入学と同時に近くの喫茶店でバイトを始めたけど、昨日は交代の子が来るのが遅れたから終わるのが遅くなって、少し疲れたのだ。目覚ましで起きないことなんて滅多に無いっていうのに。


「けど、明日からは起こしてね。家のことは全部私がやるから、八雲はゆっくりしてていいよ」

「でも、少し前までは僕も家事やっていたんだし」

「気持ちだけで十分。でも、今日のお弁当はありがとうね」


 そう言って八雲の頭を撫でる。

 八雲が手伝ってくれたことは本当に嬉しい。けど、この子に負担をかけたくはなかった。二人で生活していくと決めたのは自分なのだから、八雲の勉強したり遊んだりする時間を、減らしたくはない。

 まだまだ頼りない姉だと言う自覚はある。原田さんもよく様子を見に来てくれているけど、こんなに心配かけてばかりではいけないと、心の中で自分を叱った。


「それじゃあ、朝ご飯にしよう。顔を洗ってくるからちょっと待っててね」


 八雲にそう言い、洗面所に向かった。

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