プロローグ 4

 部屋に上がってからしばらくすると、手配していた引っ越し業者のトラックが到着した。本当に必要と思われるもの以外は極力処分したつもりだったけど、いざ運び出すとなるとやはりかなり量がある。


 外に出て、引越し屋さんに201号室に運ぶようお願いしていると、もう一つ別のトラックが八福荘の前に止まった。

 同じ業者のトラックだったけど、うちの荷物を積んだトラックは一台だったはずだから、他に引っ越す人がいるのかな。

 そんなことを考えていると、そのトラックからも作業員が降りてくる。そして原田さんの家の方からも一人の男性が……いや、男の子が歩いてきた。


 さらさらとした黒髪の可愛い感じの中世的な顔立ちの男の子で、背は女子の平均より若干高い私と同じくらい。つまり男子としては少し低めの中学生、もしかしたら幼顔の高校生かもしれない。


 あの子も、ここに引っ越してきたのかな?

 たぶんそうなのだろう。もし彼が今年から高校生になるのだとしたら、通いやすいようにアパートを借りたのだとしてもおかしくはない。まあ、うちのように親が死んだから引っ越しを余儀なくされたのではないと思いたい。こんなのがそうそういてたまるかと思いながら私は部屋に戻り、荷運びを続けた。


 業者に頼んだ荷運びは、さすがプロと言うべき手際の良さで、あっという間に進んで、一時間くらいで全て運び終て、業者の人を見送った後、私と八雲は室内の荷物を移動させていった。

 部屋の真ん中にテーブルを置いて、隅にはテレビを置く。なるべく部屋を狭くさせないように配置を考えながら整理していると、八雲があることに気づいた。


「姉さん、洋服入れのボックス、一つ足りないよ」

「うそ、そんなはず無いでしょ」


 慌てて洋服入れを数えてみる。うちでは服は細長の大きな収納ケースに入れていたのだけれど、確かに数えてみると数が少ない。

 前の部屋に残したままになっているかとも思ったけど、部屋を出る時確認したからそれはないだろう。


「ひょっとして、トラックの中に残っているのかもしれないわね」


 そうなるとさっきの業者に電話して再度運んでもらわなければいけない。確か名刺をもらっていたはずだと思って探していると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。

 誰だろうと思いながら玄関を開けると、そこにはさっき見かけた男の子が、何やら荷物を抱えながら立っていた。


「すみません。今日202号室に引っ越してきた者です」


 彼はそう挨拶をしてきた。やはりこの子も今日引っ越しだったらしい。202号室というとうちのすぐ隣という事になる。


「引越し屋さんに荷物を運んでもらったのですが、覚えのない荷物があったので来ました。もしかして、そちらのではないでしょうか?」


 言われて彼の抱えていた物をよく見てみると、それはさっき八雲と話していた収納ケースだった。


「あ、それうちの」


 トラックに置き忘れたわけではなかったようだ。どうやら二部屋一緒に荷運びをしていたのでどこかで紛れたのだろう。何はともあれ見つかってよかった。


「中まで運びましょうか?」

「いいよ。運べないわけじゃないし」


 彼は私に敬語で話してきたけど、年上には見えないその男子に、私はため口を使った。それにしても、この部屋の入り口はあまり広くない。私は洋服入れを抱えたまま狭い玄関をくぐったけど。


「わっ」


 荷物を運ぶことに集中していた私は足元がおろそかになっていて、玄関の段差に足をとられて転んでしまった。


「大丈夫ですか?」


 尻餅をついた私に、彼が心配そうに声をかけてくる。

 ちょっとびっくりしたけど、まあ大丈夫だろう。そう思って自分の手を見ると、転んだ拍子に引っ掻いたのか、小さな傷ができて血がにじんでいた。


「血、でていますけど」


 出てるね、血。だけどそんな大したものじゃない。唾でもつけておけば治るような傷だ。だけどなぜだろう。彼は私の傷口をじっと見ている。


「もしかして君、血が苦手?」

「いえ、そう言うわけではないです」

「それじゃあ、ひょっとして吸血鬼とか?」

「えっ――」


 彼は言葉を失っていた。私は冗談半分で言ったのだけど、この反応を見る限りどうやら図星だったようだ。

彼は驚いているようだけど、私の方は「だから何?」って感じだた。一昔前ならともかく、現在吸血鬼は社会的に存在を認められているのだから。


 まあとにかく、これが私とお隣さんである基山太陽きやまたいようとの初会話だった。

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