プロローグ 3
全ての始まりは、去年の十二月。
街中にクリスマスソングが流れ、イルミネーションに彩られていた土曜日のお昼前、私は当時住んでいたアパートの自室で受験勉強をしていて、八雲はリビングで本を読んでいた。
お父さんは私達が小さい頃に病気で亡くなっていて、それ以来お母さんが女手一つで私と八雲の二人を育ててくれていた。
そんなお母さんは忙しくて家にいないことが多くて、その分家事は私と八雲がやっていたけど、そんな生活に慣れていたから二人とも面倒なんて思わずに、その日もいつものように過ごしていた。
「姉さん、そろそろお昼にしようと思うけど、何が食べたい?」
「そうねえ…寒いからラーメンかな。あ、でもカップ麺じゃなく五つ入りのインスタントラーメンね」
「そっちの方が一個当たりの単価が安いからね。卵とネギもあったから、チャーハンも作るよ」
そう言ってキッチンに向かう八雲。私もその後に続こうと、勉強の手を止めて席を立とうとする。だけど。
「姉さんは勉強中でしょ。ご飯の用意は僕がするよ」
確かにラーメンとチャーハンを作るくらい、わざわざ二人でやるような事でもない。
うーん、本当なら姉である私が率先してやるべきなのだろうけど、年が明けて少ししたら受験だし、ここは一つ甘えるとしよう。
「じゃあお願いね。キッチンが寒かったら、ヒーターを付けるのよ」
そうして八雲を見送ると、早速勉強を再開させる。
昼食ができるまでに、もう一ページくらい終わらせておきたい。そう思いながら問題集と向き合っていたけど、その時ふと備え付けの電話が鳴り出した。
八雲は料理の途中だし、私が出るか
勉強の手を止め、机から立ち上がる。だけど部屋を出るよりも先に、呼び出しコールは止まってしまった。どうやら先に八雲が電話に出たらしい。
まああの子のことだから、コンロの火をつけたまま長電話をすることも無いだろう。
さて、勉強を続けよう。そう思って再び問題集に向かおうとしたのだけど……。
「姉さんっ!」
焦ったように部屋に入ってきた八雲の青ざめた顔を見て、すぐに良く無い事が起きたのだと悟った。
正直に言うと、それから少しの間記憶が飛んでいる。八雲が何かを言ってきたというのはぼんやりと覚えているけど、具体的に何を言ったのかまでは覚えていない。
その後記憶にあるのは病院の一室に佇む私と八雲。そして目の前で眠ったように横になっている、母の姿だった。
仕事で取引先への移動中に、交通事故に遭い、病院に運び込まれた時にはすでに息はなかったと医者から告げられた。
他にも事故の原因や何やら話していたけど、どうでもよかった。母さんがもう帰ってこないという事実だけで、十分だったから。
その後行われた葬儀に出席したけど、母の死を頭で理解しても、心が理解しきれていなかったのか、私は一滴の涙も流すことはなかった。そしてそれは八雲も同じだったようで、一度も泣き顔を見ることなく、葬儀は終了した。
母さんの死は辛かったけど、私達は悲しみにくれる間もなく、別の問題に直面した。もっと前に死んだ父さんもそうだったけど、母さんにも身寄りは無かったのだ。
両親のいなくなった私達は、それまで住んでいたアパートにはおいてはもらえず、施設に入ろうという話になった。
しかしどの施設も余裕があるわけでなく、私と八雲は別々に預けられると聞いた時、私達は強く反発した。
冗談じゃない。
父が死に、母が亡くなった私達にとって、唯一残された姉弟と離れなければならないというのは耐え難いものだった。
弟を……八雲を私からとらないで!
そんな時、私達に救いの手を差し伸べてくれたのが、お母さんの学生時代からの親友である原田さんだった。
「二人とも。行く所が無いならウチに来ると良いから。そうすれば、二人一緒にいられるよ」
私達をやさしく抱きしめてくれる、原田さんの暖かな手。
原田さんは母さんが生きていた頃、たびたび家に来ていたから私も八雲もよく知っていたし、アパートを持っているという話も聞いた事があった。
そのアパートに私達を住まわせ、さらには身元引受人になってくれると聞いた時は、まさに地獄で仏に会ったようで、私達は深々と頭を下げた。
私が受験を控えていたこともあって、実際に引っ越すのは三月という事になったけど、それまで前のアパートに住んでいても良いように交渉してくれたのも原田さんだった。
それから私達は母の遺産や保険金でこれからどうやって暮らしていくかを考えたり、八雲の転校の手続きをしたりと、やることは山ほどあった。
「八雲、小学校は転校になっちゃうけど、大丈夫? 寂しくない?」
「僕は平気。それより、姉さんはどうするの? 姉さんの志望校って、原田さんのアパートからだと、通うの難しくない?」
う、確かに。原田さんのアパートから通うとなると、電車で片道一時間半くらいかかってしまう。
生活費を稼ぐ為、高校に入ったらバイトをしようと思っていたから、通学で時間をとられたくはないし、そもそも交通費だってバカにならないもの。
そんなわけでもう十二月だというのに、私は新たに志望校を探す羽目になった。
そんなわけで、新しい住居から比較的近く、尚且つバイト可能な高校を探し、その結果『
そんなこんなで日々の生活に追われながらも必死に勉強し、無事合格することができたのがつい先日の話。
こうして母が死んでからの四カ月は嵐のように過ぎ去り、三月も終わりに差し掛かった頃、私達は新居に引っ越してきたのだった。
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