第12話 危険な子供達

「……もうやる事が無くなったな」


 斗亜がロウソクの明かりのみで照らされた薄暗い部屋の中、床に立て膝で座りながら大きなあくびをする。

 腕時計を見ると、睡眠の交代時間まではまだ遠い。


「眠い……」


 ただでさえお酒を飲んだ後だ。

 更にここに来るまでの過程で精神的にも肉体的にも疲労がたまっている。

 体が全力で休息を欲していた。

 いつもなら眠気覚ましのコーヒーという手もあったが、今はそういうわけにもいかない。

 これからしばらくここに籠城するかもしれないのだ。

 無駄な飲食は控えるべきだ。


「……ん? リッキー?」


 すると、寝ていた筈のリッキーがいつの間にか近くに来ていて、ジッと斗亜の事を見ていた。


「どうした?」


 手を伸ばして頭を撫でると気持ちよさそうに目を瞑る。

 だが、すぐに頭を振りその手から逃れると、またも斗亜の顔をジッと見つめる。


「…………もしかして、何か来たのか?」


 人よりも優れた感覚で何かを感じ取ったのか。

 それを訴えようとしているのか。


「……わかった」


 斗亜が立ち上がる。


「………………」


 家の中で何か妙な物音がしないか、耳をすます。


「………………」


 何も聞こえない。

 しいて言えば、桜のすぅすぅという穏やかな寝息が聞こえる位だ。


「……て事は、外か?」


 リッキーに聞くが、彼は答えない。

 

「様子、見てみるか」


 雨戸を閉めているので窓から外を見る事は出来ない。

 なので玄関に向かい、ドアにある覗き窓から外を窺う。


「!?」


 声を出さずに済んだのは、最初から何かがいるという前提で外を覗いたからだ。


(子供……?)


 ドアの外の暗闇の中に、子供がいた。

 一人や二人ではない、沢山の子供達だ。

 年齢はバラバラで、幼稚園児位のもいれば小学校高学年位のもいる。

 子供達は手に懐中電灯を持っていた。


「………………」


 本来ならばすぐにドアを開け、子供達を保護するべきだろう。

 外は危険なのだから。

 だが、彼にはそうする気が起きなかった。


(…………笑ってる?)


 子供達は何かをひそひそと話しながら楽しそうにクスクスと笑っていた。

 子供達だって危険はわかっている筈だ。

 なのに、何故笑えるのか。

 そもそも、こんな時間に子供ばかりで何をやっているのか。


(怪し過ぎる)


 斗亜はここに来るまでに様々な化け物を見てきた。

 その中には一見するとわからない、人によく似た姿をした化け物もいた。

 恐らくこの子供達もその類なのだろうと考える。


(ここに人がいると気付かれるわけにはいかない)


 見た目が子供だからと言って、下手に手出しをしない方がいいだろう。

 数が多い。

 仮に見た目通り子供と同じ位の力しか持っていなかったとしても、これだけいれば十分に脅威だ。

 

(……こいつら)


 子供達の何人かが門のところまで戻り、チャイムを鳴らした。







「奇妙な子供達ですか……」


 ソファーに座る桜が斗亜の話を聞きながら玄関の方を見る。

 斗亜はリビングに戻り寝ていた桜を起こすと、今見た事を話した。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポン、と子供達はチャイムを鳴らしまくっている。


「これは無視が正解でしょうね」

「俺もそう思う」


 同意した後リッキーの頭を撫でる。


「リッキーは大丈夫か? チャイムを聞いて吠えたりしないか?」

「大丈夫です。この子は頭がいいですから」

「そうか」

「世界一、頭がいい子ですから」

「…………そうか」


 確かに、リッキーはうるさいチャイムの中平然としていた。

 人ですらうるさいこの音、耳がいい犬にとってはより不愉快な筈なのに。


「リッキー?」


 突如リッキーがリビングの雨戸の方に視線を向け、姿勢を低くした。


「「………………」」


 その様子を見て斗亜と桜も立ち上がり、雨戸の方を向く。




 バン! バン! バンバンバン!




 雨戸を激しく叩く音。

 その向こうからキャッキャと無邪気な笑い声が聞こえる。


「……逃げるか。いざという時を考えて荷物をまとめてある。そこのリュックだ」

「ありがとうございます」


 二人それぞれにリュックを背負う。

 大きい方を斗亜、小さい方を桜が。


「まさか一晩すらもたないとは思いませんでしたね」

「全くだ」


 バァンッ! バァンッ! と雨戸から聞こえる音が変わる。

 大きく、激しくなった。

 体当たりでもしているのか。

 嫌がらせで雨戸を叩いているのではなく、破壊しようとしているのだ。


「相手は私達がいると知って侵入を試みているのでしょうか」

「だろうな。雨戸が閉まっている時点で不自然だからな。それでかもしれん」


 雨戸が軋み始めている。

 時間が無い。


「どこから出る?」

「そうですね。この様子だとドアから出るのも難しいでしょうし」

「窓から出るにしてもそこを張られている可能性もあるな。疑えばキリが無いのはわかるが」

「ではどうしますか?」

「そうだな」


 そこで二人が話し合った結果。







『せーのっ』


 子供達が皆でタイミングを合わせ、雨戸を壊そうとしている。

 体の大きな子供が前に立ち、小さな子供は後ろで応援している。

 

「あとちょっとだー!」

「こわれてきた! こわれてきたよ!」


 雨戸が歪んできた。

 あと少しで中に入る事が出来る。


「いくよー!」

『せーのっ』


 大きな音が鳴ると共に、雨戸が大きく歪んだ。


「行くぞー!」


 わー、と子供達から歓声が上がる。

 突破口が出来れば後は大勢で圧し掛かって体重をかけてしまえばいい。

 それで雨戸は壊され、押し倒されてしまう。

 ガラスも簡単に割れてしまった。


「中に入れー!」

「行くぞー!」


 どやどやと子供達が家の中に入っていく。

 子供達はそれぞれ手に凶器を持っていた。

 大人を殺しに来たのだ。


「どこだー!」

「出てこーい! 出てこーい! あはははははは!」

「何隠れてー……ん?」


 ふと気付く。

 テーブルの上に置かれた物に。


「なんかあるー」

「これしってる! おなべのだ!」


 カセットコンロだった。

 ちゃんとカセットボンベもセットされ、火が出ている。


「何焼いてるの?」


 火の上にも、カセットボンベが置いてあった。


「――っ!」


 その意味を理解出来る子供の顔色が、真っ青になる。 


「みんな、逃げ――!」


 逃亡を促す声よりも早く、カセットボンベが爆発した。







「爆発しましたね」

「あぁ……」


 斗亜がドアの覗き窓から外を見る。


「よし、今だ」


 斗亜がドアを開ける。


「所詮はガキだな」


 爆発の音につられ、ドアの前にいた子供達は皆雨戸の方に向かった。


「子供達は大丈夫でしょうか」

「爆発したと言ってもカセットボンベだしな。近くにいた奴は怪我位したかもしれないが、死んではいないだろ」


 桜は心配そうな顔をしているが、斗亜は全く気にしていないようだった。

 

「今のうちに逃げよう」


 外に出ると門に向かって早足で階段を下りる。


「あー! 逃げる!」

「いた! いた! あそこ!」


 後ろから子供達の声。


「急ぐぞ」

「はいっ」


 だがもう門だ。

 道を全力で走れば子供の足では追いつけないだろう。


「待て!」

「まてまて! あはははは!」


 だが、子供達は皆が敷地内に入ってきていたわけではなかった。

 門を出たところにも何人かの子供がいた。

 

「リッキー!」


 桜が叫ぶ。




「ウォン!!!!」




「きゃあ」

「うわっ」


「グルルルル……」


「ひっ」


 リッキーが子供達を威嚇し始めた。

 

「今のうちに!」

「あぁ!」


 その隙に子供達の横を抜け、走る。

 リッキーは子供達に睨みを利かせながらゆっくりと下がると、二人の後を追う。

 子供達の姿も、気配も声も、すぐに霧に飲まれ消えていった。

 向こうにとっても同じだろう。


「これからどうする?」

「どこか隠れられるところを探しましょう」

「そうだな、そうしたいところだが……どこへ向かえばいいのやら」


 辺りは真っ暗だった。

 夜だからというのもあるが、霧のせいで月や星の光、街灯の明かりが遮られているせいだ。

 右も左もわからない。

 懐中電灯は一応持っているのだが、その明かりで余計な物を引き寄せてしまわないかが心配だ。


「離れるなよ」

「わかってます」


 手を繋ぐ。


「リッキーは?」

「大丈夫です、ちゃんと付いてきています」


 リッキーは二人の横を走っている。

 だが、突然走る速度を上げると、二人の横ではなく前を走り出した。


「リッキー?」

「先導してくれるみたいですね」


 彼には人よりも優れた感覚がある。

 それを使って敵のいない安全な方へと案内するつもりのようだった。


「いい子だ」

「そうでしょう? うちのリッキーは世界一賢くて、世界一いい子なんです」

「…………そうだな」

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