第11話 チャイムを鳴らす子供達

 優しそうな顔をした中年女性が、窓の外を見て驚いた顔をする。


「あらあら、本当に凄い霧ねぇ」


 そこは、ある一軒家だった。

 幸せそうな、極々普通の一般家庭。

 家のリビングには、女性を含めて七人の人間がいた。

 中年女性とその夫。

 娘夫婦。

 そして、孫娘が二人。

 孫娘は一人が高校生、もう一人が小学校低学年だった。

 だがまだ六人。

 では、最後の一人は?

 中年女性の娘の、お腹の中だった。

 妊娠中なのだ。

 予定日はもうすぐだ。


「お母さん、ケーキ切ったよ」

「ありがとう。じゃあ、いただきましょうか」

「ほら、二人もケーキ切ったから食べるよー」

「「はーい」」


 今日は中年女性が誕生日だからとパーティをしていたところだった。 

 皆でケーキを食べていると、中年女性が窓の外の霧を見ながら娘に言った。


「ねぇ、今日は泊まっていきなさいな。これじゃあ帰り危ないでしょ?」

「そうだね。母さんの言う通りだ。泊まっていくといい」


 中年女性の夫も勧める。


「うーん……そうだなぁ」


 両親に勧められ、どうしようかと悩む顔で娘が自分の夫の顔を見た。


「たっ君、どうする?」

「勿論、お言葉に甘えさせていただきます」


 一切の躊躇いなく、さっ、と素早く頭を下げた。


「……聞くまでも無かったね」

「ではお義父さん、運転が無くなったので僕も晩酌にお付き合いさせていただきます」


 彼はお酒が大好きだった。

 運転があるからと我慢していたのだ。


「はははは。わかった、待ってなさい。今ビールを持ってくるよ」

「いえいえお義父さん、お気遣いなく。自分で持ってきます」

「いいわよ、二人はそこに座ってて。私が持ってくるわ」

「ちょっとお母さん、誕生日なんだから働かなくていいってば。私が持って来るよ」

「いいから。あなたはお腹に赤ちゃんがいるんだからゆっくりしてなさい」


 娘を座らせ、中年女性が立ち上がると。




 ピンポーン




「あら?」


 チャイムが鳴った。


「こんな時間に誰かしら」


 パタパタとスリッパを鳴らしながらインターホンに向かうと、ボタンを押す。

 すると、玄関の様子が画面に表示された。


「子供?」


 そこには、何人かの子供の姿が映し出されていた。


「どうしたのかしら……」

「子供?」


 中年女性の夫もやってきて、画面を覗き込む。


「本当だ」

「何かあったのかもしれないわね」

「うん。こんな時間に子供だけっていうのは心配だ」


 二人が心配そうな顔で玄関に向かう。

 その間もピンポンピンとチャイムが鳴り続けていた。


「今出ますよ」


 ドアを開けると、そこに子供達がいた。

 少年と少女、合わせて四人だった。


「うえぇん……えぇん……」

「えーん……えーん……」


 四人共泣いている。


「あらあら、どうしたの?」

「よしよし、もう大丈夫だよ。何があったのかおじさん達に話してごらん?」

 

 二人が優しく声をかけながらしゃがむと、少女が中年女性の服を掴んだ。


「んとね、え、とね……」

「うん、うん。なぁに?」


 子供達がもじもじとしている。

 急かさずに話を聞いていると。


「が、へぁっ!」

「?」


 横から妙なうめき声が聞こえた。


「お父さん?」

「あ、ごぁ……ぁ」


 彼女の夫の首に、包丁が突き刺さっていた。

 

「ぷふっ! ふふ、くふふふふ……っ」


 包丁を刺したのは、泣いていた筈の少年だった。

 手も顔も、返り血で真っ赤に染まっている。

 彼は血まみれの姿で楽しくて仕方がないという表情を浮かべ、笑っていた。


「お父……、さん? え、お父さん? 何……なに?」


 突然の事で状況が把握出来ず、ぽかんとした顔で自分の夫が血だまりの中に倒れ込む様を見ている中年女性の頭に。


「お父、――どぉ!?」


 消防斧が振り下ろされた。

 それをやったのもまた、泣いていた筈の別の少年。

 斧により頭蓋骨が割れ、刃は脳にまで到達していた。

 中年女性は空いた穴から血を流しながら、声は出さずパクパクと口を開けたり閉じたりしている。

 意識はあるのか、無いのか。

 そこへもう一撃、斧が振り下ろされた。

 それで完全に動かなくなる。


「ふふ……」

「クスクスクス……」

「あはは……」


 二人分の死体を前にして、四人の少年少女が満足そうな笑みを浮かべた。







「遅いなぁ、お義父さんとお義母さん」


 リビングでは他の家族達が心配そうな顔で玄関の方に顔を向けていた。


「僕もちょっと様子を見に……」


 そう言って娘婿が玄関に向かおうとすると、ドタドタドタ、という複数の足音が聞こえてきた。


「あぁ、戻ってきたみたいだ」


 二人が子供達を家に招き入れたのだろうとリビングのドアを見て、彼の表情が変わった。


「こら、何をしてるんだ! 靴を脱ぎなさい!」


 家の中に入ってきた子供達は、土足のままだった。


「こ、こら! こらっ、って……え!? 多くない?」


 入ってきた子供達は四人だけではなかった。

 わらわらと、先ほど画面に映っていた人数よりもずっと多い数の子供達がリビングへ入ってきたのだ。


「いた! いたぞ!」

「大人だ! 大人だ!」


 子供達はとても楽しそうに大声で騒いでいる。

 どの子供も靴を履いたままだった。


「ちょ、ちょっと君達!」


 慌ててその中の一人を娘婿が捕まえようとする。


「きゃー!」

「あー! 止めろー!」

「やっつけろ! やっつけろ!」


 すると、捕まりそうになった少女がわざとらしい悲鳴を上げて、それを聞いた他の子供達が一斉に彼の元へと駆け寄り、飛びついてくる。


「止めなさい! わ、わわわっ」


 一人一人は体重の軽い子供でも、大勢いればそれなりの重量になる。

 堪えられず、床に音を立てて倒れ込んでしまった。


「いたた……」

「今だ!」

「やれ! やれ! やれ!」

「うぉー! うぉー!」


 倒れ込んだ彼に子供達が襲い掛かる。


「こら、何を、……ぎゃぁぁぁぁああああああああ!!!!」

「いやぁぁああああああ!!!! たっくぅん!!」


 子供達は皆手に凶器を持っていた。

 持つ物は包丁やカッターナイフのように明らかに危険な物から、コンパスや子供用の先が丸いハサミまで様々だったが、これだけの人数がいる。

 それを一斉に突き立てられればただでは済まない。

 小動物の群れに襲われる獲物のように、全身を少しずつ切り刻まれていく。

 彼の全身は一瞬で血だるまとなった。


「やめて! やめてぇぇええええええ!!!!」

「お父さん! お父さん!」

「パパァァァァアアアアアア!!!!!!」


 妻と娘の声は、もう彼に届かない。

 子供達は全くの容赦なく、彼の体に全力でその凶器を突き刺した。

 何度も、何度も。

 

「おまえらも死ねー!」

「捕まえろ!」

「逃がすなー!」


 そして、人の心配をしている場合ではなかった。

 他の者達も子供達に捕らえられてしまった。


「離して! 離して!」

「嫌! やめて!」

「パパァ! ママァ!」


 沢山の小さな手が伸びてきて、長女と母親の事を床に両手両足を広げた状態で押さえつけた。

 母親の大きなお腹を見て、一人の少女が周りの者に尋ねる。


「ねぇねぇ、この人お腹に赤ちゃんいるんじゃないの?」

「だな! 腹でっけぇもん!」

「じゃあ、あかちゃんはこども? ころさないの?」

「当たり前だろ。赤ちゃんは子供だよ。殺さないよ」

「えー、違うよー。赤ちゃんはまだお母さんの一部だから大人だよー。殺さないとー」


 子供達が妙な会話をしている。


「ちがうよ! あかちゃんはこどもだよ! おとなからたすけないと!」

「あ」


 話し合いの途中で、あかちゃんはこども? と質問をした少女がナイフを手に取ると、母親の服をめくって大きく膨らんだお腹を露出させた。


「嘘……止めて。お願い、お願いだから……」


 何をしようとしているのかに気付いたのだろう。

 母親が怯えた声で叫ぶ。


「嫌! 止めて!」

「すぐたすけてあげるからね!」


 だが、少女は聞いていない。

 躊躇なくナイフを突き立てると、ざくざくとその腹を切り開いていく。


「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 長女が大きな悲鳴を上げた。


「あ……がふっ、げほ、ぐ、ふっ、ぅ…………」


 母親は悲鳴を上げる事も出来ず驚愕に満ちた顔で、切り裂かれていく自分の腹を見ながら大量の血を吐いている。


「あかちゃん! あかちゃんいたよ!」


 切り裂いた傷口から、内臓が大量の血液と共にドプリと溢れ出るのと同時に、子宮の中の赤ん坊も姿を現した。


「ほら、あかちゃんだ! あかちゃーん!」


 少女が血まみれになりながら嬉しそうな顔で無理矢理に赤ん坊を腹の中から引きずり出すと、ナイフは赤ん坊にまで届いていたらしく、背中にざっくりと深い切り傷が出来ていた。

 赤ん坊は息をしていない。


「あかちゃんがしんでる! しんでるよぉ……!」


 少女がぼろぼろと涙を流して泣き始めた。

 自分で殺してしまった事に気付いていないのだ。


「ひどい!」


 少女はそう叫ぶと、怒りに満ちた顔でナイフをその体内に突き刺し、ぐちゃぐちゃとかき混ぜ始めた。


「ひどい! あかちゃん! なんで! ひどい! ひどい! ひどい!」

「お母さん! お母さん! お母さん!」


 長女が泣きながら必死に母を呼ぶが、母は虚ろな目をして一切反応しない。

 赤ん坊同様、息をしていない。

 死んでいた。


「いや、いや、いやぁぁぁぁああああああああ!!!!」


 長女が叫んでいる一方、次女は子供達に囲まれ耳元で何かを囁かれていた。


「…………うん、うん」


 何度も小さく頷いている。


「じゃあ、出来るよね?」

「……うん」

「はい、これ」


 小さなその手に、一本の包丁が渡された。


「え? 何……? 何をしようとしてるの?」


 次女は包丁を手に持つと、押さえつけられている自分の姉の顔近くに座る。


「待って、待って……」


 怯える姉の顔を見ながらゆっくりと包丁を持ち上げると。


「しね」

「やめてぇぇぇぇええええええ!!!!」


 満面の笑みで、それを振り下ろした。







 家から子供達が出てくる。

 子供達は皆笑顔だった。

 返り血はそのままに、全身を血に染め平然としている幼き姿は、恐怖そのものだった。

 

「次はどこ行く?」

「おとなのいるところ、どこ?」


 一人の子供がある家を指さした。


「あそこの家にも人いるよ」

「何で? 真っ暗だよ?」

「いるよ。だって、あそこ雨戸全部閉めてるもん。誰かが隠れてるんだよ」


 確かにそうだ、という声と、旅行に行ってるだけかも、という声が飛び交う中、一人の少女が表札を見ながら皆に告げる。


「じゃあ調べてみようよ。その方が早いよ」


 表札には、『犬養』と書かれていた。

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