第08話 オカルト研究部不純異性交遊組
「ふぅ」
心地よい温度の湯が全身を温めてくれる。
顔を上げて空を見上げると、湯気で多少視界は悪いが美しい夜空が見えた。
そこは、旅館の露天風呂だった。
勿論、人工島に湧く温泉は無いのでつかっているのはただのお湯だが。
その風呂の湯が浅い場所で、座った状態で抱き合っている少年と少女がいた。
「…………すぅ、すぅ」
少女は少年に寄りかかってぐっすりと眠っていた。
「おーい、こはるちゃーん?」
少年が軽く頬をつつくが、起きる気配は無い。
「本当に寝ちゃってるの? 熟睡?」
指先で耳をつついたり耳たぶをつまんだりしてみるが、やはり起きない。
「………………」
少女が深い眠りについているのがわかると、少年の口角が少しだけ上がる。
少女のお尻に手をやると、手の平で触れてゆっくりと円を描くように撫で回し始めた。
すべすべとしたきめの細かい肌の感触を楽しんでいると少女がぴくん、ぴくんと体を震わせる。
だが起きはしない。
「…………ふっ」
あまりの起きなさに面白くなり、少年が一瞬吹き出す。
だが、そろそろ本気で起こす事にしたらしい。
お尻に当てていた手を一度離すと、人差し指を伸ばして指先を割れ目の奥の蕾の中に差し込んだ。
「ひゃいぃ!?」
そこまでされれば流石に少女も起きる。
奇声を上げながら目を開くと、慌てて少年の手を払った。
「何するんですかセンパイ!」
「おはよう、こはるちゃん。お風呂で寝たらのぼせちゃうよ?」
「のぼっ!? …………そうですね」
顔を赤くしながら大人しく頷く。
自分がうっかり居眠りしてしまっていた事を理解したのだ。
「いや、だからってお尻は無いでしょう」
「仕方が無かったんだよ。俺だって普通に起こそうとしたんだよ? 肩揺すったり色々してさ」
嘘だ。
そんな事はしていない。
「それでもこはるちゃんが全然起きてくれなくて。そのままじゃのぼせちゃうし、仕方なくだよ」
「………………」
嘘をつかれているのはわかるが、眠りこけていたのは自分だ。
結局は何も言い返せないまま、嘘を受け入れる事にした。
「……それはありがとうございます。…………でも、そもそもセンパイのせいじゃないですか、こはるが寝ちゃったの。……あんなしつこく、その、するから……疲れてつい……」
「はは、ごめんね」
少年が軽い声で謝罪をして、少女の首元や頬、唇に口付けをする。
「もうっ、こういう誤魔化しずるいですよ」
少女がそう言って頬を膨らませた後、すぐにえへーと表情を一変させ、嬉しそうな顔で微笑みながらぎゅっと少年に抱き着いた。
もう、誰が見てもわかる位に少女は少年にべた惚れだった。
だがそれも、少年の容姿を見れば当然だろうと思える。
少年はそれほどまでに容姿が整っていた。
それこそ、どこかのアイドルグループに所属しているアイドルだと言われても全く違和感が無いほどに。
少年は男らしく凛々しい顔立ちなのだが、大きめで切れ長の瞳は睫毛が長く、顎の形も細めで丸みを帯びていたりと、その美しさの中にはどこか女性的な妖艶さも感じる。
体つきを見ると脂肪が少なく引き締まっており、腹筋や胸板も筋肉の形がくっきりと浮き出ている。
全体的に歪さの無いそのバランスの良い筋肉の付き方は、スポーツによるものではなく見栄えを意識した筋力トレーニングによって作られた物だろう。
そして彼は身長も高い。
百八十を余裕で超えている。
身長が高く顔がいい、体もいい。
そんな嘘くさい程に色々と要素を詰め込んだ彼こそ、先ほどの話題に出ていた女癖の悪いオカルト研究部の部員、
高校二年生ながら二桁人数の女性と同時に付き合っていると噂されている。
今彼に抱き着いている少女も、その相手のうちの一人だった。
「はー……」
少女が自分の頬を朝陽の体にむにむにと押し付ける。
「センパイこ~んなに最低なのに、ど~うして好きになっちゃったんだろ」
「ほら、あれじゃないかな? 運命とか」
「……何が運命ですか。センパイは顔が良いからって発言に甘えが感じられます。もっと言葉選んで口開いてください」
「え!?」
「今時そんな寒い台詞言ったら普通なら即斬首刑ですよ?」
「えー……。こはるちゃん、今日何か俺に厳しくない? もしかして怒ってたりする?」
「そう見えますか? 気のせいですよ」
「いたっ」
朝陽の頬にあむっと噛みついた少女の名前は、
克也が言っていた怖い先輩の妹というのが、彼女だった。
身長が低く、顔立ちも身長同様とても幼い。
岳と同じ高校一年生なのだが、まずそうは見えない。
セミロングの髪をツインテールにでもすれば、百人中百人が彼女を高校生ではなく中学生や、下手をすると小学生だと言うだろう。
顔と、身長だけを見れば。
「残念だな、俺はこんなにこはるちゃんの事想ってるのに。一方通行の愛は悲しいね」
「わー、ビックリするほど心がこもってないですねー。センパイが好きなのはこはるの体だけじゃないですか」
「まさか。体を愛してるのは否定しないけど、それだけじゃなくこはるちゃんの全てを愛してるよ」
そう言って朝陽がこはるの胸に触れる。
その胸は、彼女の身長と反比例してとんでもなく大きかった。
「ほらまた触った! それ、いつも触ってますけど飽きないですか?」
「飽きない。全然飽きないね。永遠に触っていたい」
「…………気持ち悪くないんですか?」
「え、俺が?」
「センパイじゃなく、こはるの胸です」
「胸? 何で?」
「何でって…………陰口、呼ばれてるの知りません? 特戦隊とか」
「いや、知らないな。そもそも気持ち悪いと思ってたら触らないし。特戦隊? どういう意味?」
「意味って言われると……その……」
一瞬口ごもるが、小さな声で続ける。
「…………偽乳特戦隊とか……奇乳特戦隊とか、そんな感じです」
「……そんな事言われてるの?」
朝陽の眉が不愉快そうに寄る。
普通じゃあり得ない、手術で作ったとしか思えない偽乳だとか、身長と胸のサイズがアンバランス過ぎて奇形にしか見えないだとか、そういう意味だ。
確かに、そういう陰口を言われるだけあって彼女の胸は同級生と比べて極大サイズだった。
普通ならば大きい方が持て囃されるものなのかもしれないが、流石にこの大きさまで行くと自慢よりもコンプレックスになってしまう。
彼女は身長が低いので、その大きさがより目立ってしまうのだ。
「酷いなぁ皆。俺の宝物にケチ付けるなんて」
「こはるの物ですよ。センパイの物じゃないです」
朝陽がチュ、と胸に口付けをすると、こはるがピクンと体を震わせる。
その反応を面白がり今度は胸に舌を這わせようとすると、むっとした顔で頬を掴まれ、キスで唇を塞がれた。
そのまま十秒ほどキスを続け、ゆっくりと顔を離してから朝陽が聞く。
「……あ、て事はさ」
「はい?」
「日葵ちゃんも実は裏でそういう事言われてるの?」
「山野先輩ですか? ……裸で抱き合ってる時に他の女の子の話題ですか?」
「……おっしゃる通りです。すみませんでした」
「まぁいいですけどね。こはる別にそういうの気にならないタイプですし。……そうですね、山野先輩はー……あぁ、ほら。ビッグバンて呼ばれてるじゃないですか」
「ビッグバンか。確かに呼ばれてるけど、あれはちょっと違わない?」
「違いますね。こはるもそう思います」
「でしょ?」
「あれですよ。山野先輩はメーター振り切る位にめっちゃくちゃ美人じゃないですか。そういう人はそういう事言われないって、そういう事ですよ」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
「そういうものなんだ」
「そういうものなんです」
朝陽がこはるの胸を揉みながらまた質問をする。
「実際のところさ」
「ん、……はい」
「こはるちゃんと日葵ちゃん、どっちの方が大きいの?」
「…………そういうの堂々と聞いちゃう辺り、本っ当にセンパイは最低ですよね」
「うん、自分でも思う。でも気になっちゃってさ」
「………………」
こはるがジト目で睨むが、朝陽は全く動じずにこにこと笑顔で答えを待つ。
すると諦めたのか、はぁとため息を一つついた後、こはるが質問に答えてくれた。
「どういう意味で大きいと言うのかにもよりますけど……。山野先輩はこはるみたいにチビじゃないですから、センチはわからないですけどカップ数だとこはるの方が上だと思いますよ」
「やっぱりそうなんだ」
うんうんと頷いた後、こはるの胸を下から持ち上げるように揉んで、再度頷く。
「日葵ちゃんみたいなロケット型は迫力あっていいけどさ、こはるちゃんみたいな丸い形のもずっしりと重そうな感じあっていいよね」
「そろっそろこはるも本気でドン引きますよ! 本っ当にセンパイは外見だけですよね! セクハラ親父にしても酷過ぎます!」
「ごめんね。でも俺が馬鹿で変態なのは今更でしょ?」
「そうですね、おっしゃる通りです。結局惚れた方が負けなんですよこういうのは。はいはい、いいですもう何でもどうでも」
朝陽が誤魔化すように抱きしめると、不満そうにしながらも身を預ける。
「ところでセンパイ、こはるもうのぼせそうなんでそろそろ上がりません?」
「そうだね、上がろうか。その為に起こしたんだし」
「はい。……なので下の方、いい加減小さくしてもらえませんか?」
「小さく……したいのは山々なんだけどさ。こうしてこはるちゃんとくっついちゃうとどうしてもね。生理現象というか、何と言うか。俺の意思とは無関係に反応しちゃうもんで」
「…………はぁ」
こはるがぎゅっと抱き着く。
「仕方ないですね。でしたら一旦お湯から出ましょう。そしたらもう一回だけいいですから。それで小さくしてから上がりましょう」
「本当に? やった。じゃあ早速……」
「楽しそうだね、二人とも」
「「ひっ!」」
いつの間にか風呂の戸が開いており、そこに一人の少女が立っていた。
ニコニコと微笑みながら腕を組んでおり、こはるに匹敵するサイズの巨大な胸をその上に乗せていた。
「ひ、日葵ちゃん? どうしてここに?」
「家族風呂ねぇ、どうりで探しても見つからないわけだ」
少女が感心するように頷く。
「や、山野先輩! はい!」
こはるが朝陽から慌てて上体を離し、右手をぴんと伸ばして真っ直ぐ上げた。
「こはるは嫌だって言いました! こはるがここにいるのは朝陽先輩に命令されて無理矢理です!」
「そんな言い訳信じると思う?」
「思いません! 嘘です! すみませんでした!」
すぐさま頭を下げる。
「ま、別に怒ってないけどね。今更だし」
そう言って組んだ腕をほどくと、手をひらひらと振る。
少女の名前は、
彼女もオカルト研究部の部員だった。
朝陽と同じ二年生だ。
誰もが認めるであろう美少女なのだが、その美しさを言葉で表現するとなると難しい。
例えば、目元は大きくぱっちりと開いているが、大人っぽさには欠ける。
鼻の高さも顔の掘りの深さもそこそこでしかない。
薄めの唇だって、もっと厚い方が色気を感じて好みだという人がいる筈だ。
このように、パーツ一つ一つを見れば誰もが満足するものでは無いのかもしれない。
だが、それらが組み合わさる事で、そこに誰もが見惚れる絶世の美少女が生まれていた。
ロングボブの艶やかな髪を軽く撫でつけ、彼女が告げる。
「スマホに連絡来てたよ。先生が明日の事話し合いたいから集まってーだって」
「日葵ちゃんそれを呼びに来てくれたんだ。ありがとう」
「ありがとうございます山野先輩! すぐに向かいます!」
そう言ってこはるが勢いよく立ち上がるが、はっと何かに気付いた表情で前かがみになる。
立ち上がった瞬間大きく揺れた胸に朝陽が表情をゆるめるが、こはるが前かがみになった理由に気付くと、気まずそうに視線を逸らした。
「ちょっとぉ……待って下さいね?」
内股気味にそっと湯から出ると、風呂桶にすくったお湯でバシャバシャと下半身を洗う。
「……よし!」
洗い終わったらしい。
またも勢いよく立ち上がると、敬礼するようにシュッと額に手を添える。
「では! 私はこれで!」
日葵にぺこぺこと頭を下げながら物凄い速さで脱衣所に走って行った。
「……私ってそんなに怖いかな」
「どうだろうね」
否定も肯定もしない。
さて、俺も上がるかなと朝陽が空を見上げ、ん? と怪訝そうな顔をした。
「気温下がった?」
日葵の方を向いて両手でキャベツを持つようなポーズを取る。
「湯気がいつの間にか濃くなってる」
「これ湯気じゃないよ」
日葵が首を振る。
「じゃあ、霧?」
「じゃないかな」
「いつの間に」
そして、またも怪訝そうな顔をする。
「何だろう? ……これ、何の音かな」
ブン、ブゥン、と機械が唸るような大きな音が聞こえ始めた。
「音……上?」
そう言って空を見上げると。
「え」
ブン、ブンという大きな羽音を響かせながら。
人間サイズの巨大な羽虫が襲い掛かってきていた。
「しまっ――」
彼が瞬きする間も無かった。
湯に粘度のある液体を飛び散らせながら。
一つの命が、容易く一瞬で失われた。
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