第05話 リッキー

「やっと着きましたね……」

「あぁ……」


 桜の家に着いた。

 ここまで結構な時間がかかった。

 そして、沢山の人の命を見殺しにしてきた。

 街は今、大変な事になっていた。

 人々に死をもたらす様々な存在が、ある時は歩き回り、ある時は飛び回り。

 手当たり次第に人を襲っていた。

 正直二人がここまで無事に来られたのは、危険を知らず無警戒に襲われてくれた他の犠牲者達のおかげだった。

 人々が襲われている間にこそこそと移動する事でここまで辿り着けたのだ。

 仕方が無かったのだ、とは簡単に言えない。

 悲鳴を上げて殺される人々を見て何もしなかった事への罪悪感が、どうしても拭えない。

 どのみち殺されそうになっている人々に対して二人が出来る事などほぼ何も無かったのだが、こういう感情は理屈ではない。

 もしかしたら、という思いと何もしなかった、という選択の結果が二人の心を苛む。


「……早く入りましょう」

「だな」


 桜の家は二階建ての一軒家だった。

 門を開けて中に入るとすぐに門を閉め、階段を上がる。

 鍵を取り出して家のドアを開けたら、先ほどと同様中に入ってすぐにまたドアを閉めて鍵をかける。

 暗いとリッキーが寂しいだろうからと電気を点けたまま家を出ていたので、家の中は明るかった。

 そして、中に入ると彼女の帰りを待っていたのだろう。

 リッキーが玄関前で大人しく座って待っていた。


「リッキー!」


 桜が彼を抱きしめる。

 リッキーはしっかりしつけをされているので嬉しくても無駄吠えをしたり暴れまわったりはしない。

 彼がするのは千切れてしまいそうなほど激しく尾を振るだけだ。


「久しぶりだな、リッキー」


 斗亜が手を伸ばすと目をつむり、撫でを受け入れるように鼻先を少しだけ上げる。

 リッキーは斗亜にも懐いていた。


「さぁ、会長。感動の再会はそれ位で十分だろう。やるべき事をやろう」

「そうですね」


 桜がリッキーから離れると、行動に移る。

 二人は家中の電気を消すと、雨戸を閉めて回った。

 防衛の為だ。

 勿論、街を歩き回る化け物のようなものがその気になれば雨戸も窓も簡単に破壊出来てしまうだろう。

 だが、こうすればそれらの外敵から自分達の存在が気付かれにくくなる筈だ。

 防ぐ為ではなく、隠れる為の行為なのだ。

 雨戸を閉めた真っ暗な部屋の中では何も出来ないので、電気の代わりにロウソクで照らす。

 電気を点けると光が強過ぎて外に光が漏れてしまうかもしれないからだ。

 そうやって一通りの作業を終えた後、二人はリビングのソファーに座った。

 明かりはロウソクのみで、しかもそのロウソクは箱で囲み、自分達が座るソファーにのみ光が届くようにしていた。

 部屋の中は暗い。

 リッキーはソファーの横の床で丸くなって目を瞑っている。

 

「これからどうしましょうか」


 先ほど試してみたが、家の電話も繋がらなかった。

 PCのネットまで繋がらないのは明らかにおかしい。

 まるで島の住人が外と連絡を取れないようにされているみたいだ。


「どうもしないさ」

「どうもしない?」

「そうだ。今外に出るのは得策じゃない。警察に行ってもこの状況じゃ安全とは限らないし、島から出る為に船や飛行機のある場所に向かうとしてもここからじゃ遠過ぎる。とりあえず今は何もせずにここで大人しくしているのが一番だろう」


 斗亜が自分の意見を伝えた後桜の顔を見ると、桜も頷いた。


「そうですね、私もそれがいいと思います。ここなら長期間は無理ですが少し位なら立てこもれる環境がありますし、状況に変化があるまでは無暗に動き回らずここにいた方がいいでしょう。こんな異常事態がそう長く続くとは思えません。自衛隊だって来る筈です。それまで待ちましょう」


 意見も一致したのでこのまま朝を待つ事にした。

 一応外を警戒して二人一緒には寝ない事にして、最初は斗亜が起きている事になった。

 その間、ただ起きているだけというのも眠くなりそうなので、斗亜は眠気覚ましにある作業をする事にした。

 音が出ないよう少量ずつ水を出し、風呂やバケツなど出来るだけ多くの物に水をためるのだ。

 水道がいつ止まってしまうかわからないからだ。

 水は飲用だけではなく体を拭いたりトイレの水を流したりと、衛生の面でも必要になる。

 また、電気もいつまで使えるかわからないので、充電出来る物には出来るだけ充電をしておく事にした。


「では、先に休ませてもらいます。何かあったらすぐに起こして下さい」

「あぁ、わかった。ソファーで寝られるか?」

「大丈夫です。こう見えて私、どこでも寝られるタイプなので」


 非常事態が起きた時にすぐ行動出来るように、二階にある桜の自室ではなくソファーで眠る事にした。

 だが、これだけ色々あった日だ。

 目を瞑るが中々眠れない。

 斗亜は彼女が寝ていない事に気付かない振りをし、自分のやるべき事をやる事にした。

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