第3話

俺の母親は中国大連、満洲族で清朝の中で代々『さいまつりごとり事を取り仕切る一族の長の家系だった。

交渉事が有るとその場に呼ばれてただ立ち会うだけで交渉事が纏まる。

そんな能力がある一族。

太平洋戦争が終わり日本が敗戦すると日本に与していた清朝の者にも粛清の嵐が訪れる。

「お前は、少尉と共に日本へ逃げなさい。この終戦のゴタゴタを利用して日本人となり生き延びろ・・・もうすぐ清朝終わる。儂等は清朝と共に滅ぶ、お前だけは逃げなさい」祭一族の長、俺の祖父はそう言って護衛をしていた陸軍少尉の父に母を託しに日本に送り出した。


「ああ、良く知ってるな。それこそそんな古臭い事を」

俺は、またコーヒーを口にしながら呟く。


「旦那様、我らも元は大陸より海を渡る際に航海の安全を祈る為の生贄でしたので大陸や半島の事は存じております。私共のアユミと旦那様が出会ったのも時代の必然でしょう。もうすぐこの国に途轍も無い災厄が訪れましょうその災厄を少しでも和らげる次代の持衰

は旦那様の血筋と我らの血筋を合わせたより強い持衰を時代が求めた結果かと」


より強い持衰か・・・

「貴女達は、ただ使い潰される道具である事に嫌気は刺さないのかい?」

老婆は深い笑い皺をヨリ深めてから。

「それが古からの御役目でござますれば、それに旦那様にも観えているこの世の真の姿を知ってる者ならばそれこそ考える力を奪われている普通の人々にホンの少し道筋を指し示しているだけでしょう」


コーヒーの残りを飲み干して「ふぅっ」と溜息をついて暫し思考に耽る。


確かに老婆が言う通りに普通の人々には思考にロックが掛かっている。

支配する側に便利な、そして普通に日々を過ごすには必要な【大切な事から目を逸らして日常生活を送る】と言う呪い。

巨大地震や核ミサイルの恐怖から目を逸らし今も広がる原子炉からの放射線を忘れてどうでも良い芸能人の不倫に現を抜かす。

それがオカシイと思わない呪い。


この島国から逃げ出さず文句を言わ無いで最期の時が来るまで詰まらないゴシップで満足して死んで行く可愛そうな供物達・・・老婆達一族や俺、この国を外から観ている者やこの国の支配層は知ってる。

外国は世界中の穢れをこの国に擦りつけ観て観ぬフリをしているのを。


日本の形を思い出して欲しい。

例えば四国をオーストリアだと見立てると?

日本は、世界の縮図に見えないか?


自分の国の厄を世界中が押し付けて祓う場所が日本・・・極東、つまり地の果てにゴミを捨てに来ているんだ。

世界中が・・・


「将来的に南米に移住とか考えて無いかい?」

と聞くと老婆は、凄味のある笑顔になり口を開く。

「もう随分と昔から一族の者をかなりの人数を南米に移民をさせて向こうで物乞いをやらせております。この先、旦那様が『捌き切れない』と思う程にこの国の災厄が大きければアユミと産まれた子供を連れて『御渡り』下され。持衰を連れて海を」


俺は懐から細巻きの葉巻を取り出して傍らにある灰皿を引き寄せ老婆に「吸っても良いかい?」と目を向ける。

老婆は手でどうぞどうぞと促す。

細巻きの葉巻を吹かし灰皿に置いて天井のシミを眺め口を開く。

「随分と前から準備しているんだね。恐れ入ったよ。俺を選んだのはあのアユミと次代の持衰を生き延びさせる為かな?まあ、もう少しこの国にいてみるつもりだからどうなるかわからないけども良いかい?」


「お待たせしました旦那様!」

とその時丁度店に帰って来たアユミが旅行鞄をキャリアで引いて店に入って来たのに気を取られ俺の言葉を聞いた老婆の返事を聞きそびれたが、聞いても聞かなくても俺の答えは決まっているので構わない。


椅子から立ち上がってアユミのキャリアの持ち手を奪って「さぁ、俺の家に行くぞ。タクシーを捕まえてくれアユミ」と言った。

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