実力テスト

「――後一分、来ていないのは……はぁ、あの子ね」

 校庭には白虎隊の生徒はほぼ全員来ていた。残ったのは………

「はぁ、はぁ、はぁ、遅れましたぁ」

 死四幽子ただ一人だった。

「――後二十秒、ギリギリね。早く並びなさい」

「はい――」

 幽子は少し息を吐かせながら列に並んだ。

「じゃ、実力テストの概要を説明するわ。みんなも気付いていると思うけど、何で雨も降らないのに雨ガッパを着用しないといけないかというと………」

 そういって暁先生は先頭に立っていた雷から拳銃を取り上げ、雷に銃口を向けて撃った。

「え!?」

 雷は一瞬驚いたが胸元を見ると、そこは赤く着色されていた。

「制服が汚れないようにするためよ。職員室に雨ガッパがあるから交換してきなさい。一分で」

「チッ」

 雷は渋々その場から離れた。

「そういうことでM1911A1の弾丸は全てペイント弾になってるわ。サバイバルナイフも切れないのは相手を切った時、着色されるためよ。そういう訳で今回は学校の裏手の山で《かくれんぼ》をしてもらうわ」

「?」

 その言葉に皆、疑問を顔に浮かべた。そこへ雨ガッパを換えてきた雷が戻って来た。

「戻って来たね。ルールは簡単、裏手の山が戦場よ。そしてあなた達全員が敵よ。味方はいない。一人で三十九人相手にしてもらうわ。それが《かくれんぼ》。そしてペイント弾は個々で色が違うわ。だから後で誰に何発当てられたのか、すぐ分かるようになってるわ。それと残弾はM1911A1に最初から装填されているのを含めて四十二発。つまり一人一発ずつ撃っておまけが二発ってことね。同じ人を何発も撃っても成績は上がらないし弾の無駄遣いよ。効率よく全員に当てた人の方が成績は上がるわ」

 学校の裏手には日本防衛軍の駐屯地兼航空朱雀隊の訓練基地があり、その向こうに大きな山がそびえている。

 すると学校の上空を戦闘機が二機、高速で通過していった。それを眺めながら暁先生は思い出した。

「あぁ、そうそう。山の裏側は陸上玄武隊が実力テストをしているから勝手に入っちゃだめよ。一応規制線が張ってあるからちゃんと見てね」

 暁先生は一度時計を見ると生徒を見渡した。

「学校から山まで十五分、その後十一時から三時までが実力テストよ。焦って十一時前に発砲した者は不合格とするわ。じゃ、実力テスト開始!!」

 その掛け声で皆、一斉に山の方へ向かって走った。

 ――十一時までに隠れる場所を見つけて身を潜めないと。その後は《かくれんぼ》か……

「ヘッ、まずお前を最初に撃ってやる」

 雷は並走しながら千子に一言言うと走り去って行った。

「あいつ、一々文句を付けるわね。ああいうタイプ大っ嫌い。だから、あなたと共闘したい所だけど、テストだから仕方ないわね。それじゃ」

 雷の後に季穂が千子と並走しながら話し掛け、千子より前へ走って行った。

「ま、みんな相手にするんだから、せいぜい狙われないようにすればいいさ」

 誰もその言葉を聞いていない中、千子はポツリと呟いた。

「はぁ、はぁ、皆さん……速いですねぇ」

 そして一番後ろはすでに息が上がっている幽子が居た。

 走り始めて十二分、山の麓に差し掛かった。アスファルトの道路は雑木林の手前で途切れ、その先は山道になっている。

 山道を行く者、そのまま雑木林に入る者、皆個々で山に入り、身を潜める場所を探している。

 千子は最初山道に入り、ある程度登ると道を逸れて雑木林の中に入った。

 雑木林の中は当然、道が無いので自分で切り開くしかない。だが、道を作れば他の生徒に分かってしまう。いかに獣道を作らず、身を潜める場所を見つけられるかが重要になる。

 千子もその事は最初から頭に入っている。なので枝などを折らず前へ進んで行った。

「!?」

 向こうの林で物音がした。時間はまだ十一時前だ。その事を千子は確認するとその方とは逆の方向へ進んだ。《かくれんぼ》が始まる前に他の生徒と出会ってしまえば場所が知られ、跡をつけられる可能性もある。

 千子は時間ギリギリまで歩いた。そして、獣道の脇の斜面の木の隣でホフクをして身を潜めた。迷彩柄の雨ガッパのおかげで周りの風景に溶け込んでいる。

 十一時まで残り五分と迫った。千子は拳銃のマガジンを確認し、時計を見つめた。

 雷、季穂も身を潜め、息を殺していた。

「三…二…一…《かくれんぼ》スタート。さて、今年は誰が一番活躍するかな」

 暁先生は山麓で時計を確認し、山を見渡した。

「始まったな。さて、待つとするか」

 千子はその場から動かず、何かを待ち続けた。


 太陽が丁度真上に差し掛かった時、獣道から足を踏みしめる音がした。千子はその音を聞くとじっと動かず、耳を澄ませた。その足音は千子の前をゆっくりと通り過ぎ、そのまま去って行こうとしていた。

 すると、千子は物音がしないほどゆっくりと立ち上がり、木の陰に隠れた。

「まずは一人………」

 千子は銃口を足音の主に向けた。警戒をしながら歩いてはいるが背中はがら空きだった。

 プシュン

「あ!」

 背中に青い着色がされ、その生徒は撃たれた事に気付いた。

「くそっ」

 とっさに銃を構えて後ろを向いたが、千子は木の陰に隠れてその生徒には見えていない。

「くっそぉ、やられたなぁ」

 その生徒は背中を覗き込みながら落胆を顔に浮かべていた。

 そんな動作をしている内に千子は速やかにその場から離れた。千子に撃たれた生徒もそれに気付いていない。

 道なき道を進む中、二人目の標的を見つけた。千子は斜面の上で木の陰に隠れた。

 斜面の下では草を掻(か)き分けながら進む生徒が居た。

「チッ、全然見つかんねぇ。みんなどこに隠れてんだよぉ」

 その愚痴には聞き覚えがあった。

「雷、最初は俺がもらう」

 草を掻き分ける音が聞こえる中、千子は銃口を雷の後頭部に合わせた。

「!?」

 すると何かを感じたのか、雷が後ろを振り向いて銃を構えた。

「おっと、危ない危ない」

 千子は寸前の所で木の陰に隠れた。

「ヘッ、お前か……お前は独特の臭いがする。それにどうやら一人撃ってきたようだな。隠れても無駄だぜ。もう居場所は分かってる」

 雷は銃を構えながら一歩ずつ千子の所に迫っていた。

「それじゃ聞くが、なぜ俺が一人撃ってきたと分かるんだ? それに『独特の臭い』がするってあんた、犬か?」

 その言葉に雷は鼻で笑った。

「犬か――そうかもしれないな。俺は人一倍嗅覚が鋭いんだぜ。だからお前の独特な臭い、銃口から臭ってくる火薬の臭い、全てがその木の陰からきてるぜ」

 千子はその話に少し驚いた。

「世界は広いな。こんな奴らがいるなんて――だが、臭いを消してきている奴は分からないだろ?」

「何?」

 雷が疑問を浮かべた瞬間、雷の頭に紫の塗料が付いた。

「イテッ」

 とっさに雷は撃たれた方を向いた。その瞬間を見逃さずに千子は木陰から飛び出し、斜面を転がりながら銃口を雷に向けて一発撃った。

「くそっ」

 雷の胸元に青色の塗料が付いた。雷も反撃に一発撃ったが、転がり落ちる千子には当たらなかった。そして、そのまま滑るように山の斜面を下りて行った。

「止まらねぇ!」

 山の斜面は急で足だけでは中々止まらない。そこへ丁度山道が見えた。

「よし! なっ!」

 だが、その山道には先客が居た。騒音を出しながら滑り落ちる千子を見逃すはずも無く、生徒は千子に銃口を向け、一発撃ってきた。だが、千子はその弾丸の軌道が分かっているかのように、頭に向かって来た弾丸を寸前の所で避けた。そして反撃の一発。

「きゃっ!」

 その弾丸は右肩に当たった。

 そして山道で止まるとその生徒はまた銃口を千子に向けた。千子は前転をするとそのまま山道を飛び越えて急斜面を滑り落ちていった。

「どこ!?」

 その生徒は山の斜面を覗いたが滑り落ちる千子の姿は無かった。

「イテェ、お尻が焼ける……」

 千子は山道を越えると身近にあった木にしがみ付き、生徒に見えない様に木陰に身を潜めた。

 ――しかし、雷の能力も驚いたが臭いや気配までも消して俺達に忍び寄った奴は誰なんだ? 俺の勘が働かなかったら、到底気付くのは無理だった。一体誰なんだ………

 千子が山道の方を覗くと、そこにはもう生徒の姿は無かった。

「えっと、雷とその他確実に当てたから……まだ三人か」

 時刻は十二時半、千子はそれを確認すると後頭部を木の幹に当てた。

「!?」

 とっさに千子は頭を下げると弾丸が木の幹に当たった。そのまま拳銃を木の枝の方へ向けた。

 拳銃を向けた先は枝が揺れ、木の葉がゆらゆらと数枚散っていただけだった。

「速い――それに木々を飛び移っている。まさしく忍者だな」

 千子は自分が座っていた木の幹を見るとそこには紫色の塗料が付いていた。

「雷を撃った奴か……雷の次は俺ってことか」

 千子は両手を後頭部に当て、少しため息を吐いた。

――だが、コルト・ガバメントの性能であれ程の精密射撃が出来るなんて……どうやらこの白虎隊には凄腕のスナイパーが居るようだな。

「ま、残りは三十六人。気長に行きますか」

 千子は楽観的に言うとその場を後にした。


 山の中を警戒しながら歩く事数時間、最初の快進撃とは裏腹に、生徒を誰一人として見つける事は出来なかった。

「ふぅ、さすがに疲れてきたな」

 千子は木にもたれ掛かり、崩れる様に座った。

「――二時半か……残り三十分。このテスト、案外きついな。多分この様子だと他の生徒もせいぜい二~三人撃っていい方か。誰とも会ってない奴も居るだろうな」

 千子はそこで数分、疲れを癒した。

「ん? 来た」

 千子は気配を感じるとその場でホフクをした。

 草木を踏みしめる音が段々と千子の方へ近づいて来た。そして、目の前を足が通り過ぎた。

 通り過ぎるのを確認すると、千子はゆっくりと立ち上がり、その生徒の背後に音を立てずに忍び寄った。

 ――これならCQCでいける。

 千子は拳銃を仕舞い、サバイバルナイフを取り出した。

 そしてその生徒の背後に迫った時、瞬時にその生徒が振り向き、銃口を千子に向けてきたのと同時に、千子はサバイバルナイフをその生徒の首筋に当てた。

「あんただったか」

「それはこっちのセリフよ」

 その生徒はあのツインテールの東条季穂だった。雨ガッパには塗料は一つも付いていない。

「あんた、何人撃った?」

 千子の問いに季穂は落胆を顔に浮かべた。

「……二人。あなたは?」

 両者とも膠着(こうちゃく)したまま一歩も動けずにいた。

「俺は三人」

「やっぱ、そう見つけられないわよね」

 季穂は少し疲れを垣間見せていた。

「で、どうする? この状況だと一触即発ってとこかしら」

「あいこで同時にやったらどうだ?」

 その言葉に季穂は少し笑った。

「いいでしょう。じゃあ、三…二…一…」

 その時だった。季穂の頭に紫の塗料が付いた。季穂は驚きを隠せずにいたが、瞬時に撃たれた方に銃口を向けた。

 そして千子の方にも弾丸が飛んできたが、後ろに倒れて弾丸を避け、拳銃を取り出しながら銃口を飛んできた方に向けた。

 木の枝に乗っている生徒は銃口が向けられた瞬間、まさしく忍者の如く次の枝に飛び移ろうとしていた。それを季穂と千子は目で追いかけた。

 次の枝に移った時、二発のこもった銃声が鳴った。そしてそのままその生徒は木々を飛び移って行った。

「当たった?」

「さぁ、どうだろう。俺も見る暇は無かった」

 次の瞬間、千子と季穂は互いに銃口を向けあった。

 すると、笛の音が山中に鳴り響いた。それを聞いた千子と季穂は時計を確認した。

「タイムアップ」

「時間切れね。あなたとは決着を付けたかったけど、またの機会に持ち越しね」

 そういって季穂は傾斜した雑木林を下りて行った。

「――はぁ、四時間動いて三人か………」

 千子はもう一度時計を見ると大きなため息を吐いた。

「はい! だらだらしない! 学校まで十分!」

 山麓まで下りると暁先生が生徒達に活を入れていた。生徒達は疲れを見せながらも学校まで走って行った。

「チッ、お前に先にやられるとはな。だが、あれは横槍が入ったからだ! だから俺は認めねぇ」

 雷は千子と並走しながら少し怒って言うと先へ行った。

「ま、フェアじゃ無かったのは確かだ」

 千子は雷が去った後、独り言を言った。

 学校へ向かう中、前の方をおぼつか無い走り方をしている生徒が居た。千子には少し予想が立っていた。

 その生徒に追いつき、顔を覗いてみると。

「あ、お疲れ様ですぅ」

 その独特の語尾、死四幽子だった。

「やっぱ、あんただったか。最初山に入る時、一番後ろだったけど、ちゃんとテスト出来たのか?」

 千子の問いに少し息を吐かせながら幽子は言った。

「大丈夫ですぅ。何とか頑張りましたのでぇ」

「そうか………」

 千子は幽子の服装を見て少し疑問に思った。

山の中は落ち葉や枝で腐葉土が出来ていた。それなら足元が汚れていてもいいのにまるで新品の様にきれいだ。そして、頭や肩には若々しい葉が付いていた。

 ――まさか……こいつが………

「どうしたんですかぁ?」

 幽子の心配に千子は我に返った。

「ああ、いや、なんでもない。それじゃ、先行ってるよ」

「どうぞぉ」

 千子は幽子に手を振って先に行った。

 ――だが、あんな体つきで軽快な動きが取れるのか? いや、大鎌を持った時のように人格が変貌したかもしれない。あれ? 待てよ。あいつのカッパの裾………

 千子は不意に立ち止まった。そこを幽子が不思議そうに見ながら通り過ぎた。

 ――あった!

 幽子の雨ガッパの裾には青い塗料が付いていた。それを千子は確認すると不敵な笑みを浮かべ、また走り出した。

 学校に着くと校庭で教職員達が身体検査をしていた。

「雨ガッパを職員に渡して。その後は塗料が体に付いていないか確かめるから、並んでろ」

 がたいのいい教職員が生徒を先導していた。

 千子は幽子の後ろに並ぶと、一つ大きく深呼吸をした。

「名前は?」

「死四幽子ですぅ」

「ああ、君か。今回はよく君の色を見かけたよ。カッパをこちらに」

「はい――」

 千子は幽子と教職員の話を聞きながら確信を得た。

「次、名前は?」

「村正千子」

「カッパをこちらに」

 千子は教職員の言われるままに行動した。

「う~ん――首筋には塗料の付着無し。手首を見せて――こっちも無し。いいよ。武器庫に向かって装備品を元の場所に置いてきて」

「了解」

 千子は校庭を後にすると武器庫に向かった。

「ったくよぉ、探せど探せどどっこにも居ねぇしよぉ、不意を突かれて頭に紫のペイント弾食らうし、全く――とんだテストだぜ」

 武器庫に入ると雷が装備品を仕舞いながら、大きな声で愚痴をこぼしていた。

「そういえば、私も紫色のペイント弾に撃たれたわ」

「ああ、俺もだぜ。まさしく不意を突かれたな」

 皆、口々にその紫のペイント弾に撃たれたと言っている。

「全く、紫のペイントの奴の顔が知れないぜ」

 雷の最後の言葉に幽子は顔を赤くした。

「俺はもう見当はついているけどな」

 千子のその言葉に、雷は驚きながらすぐさま近づいた。

「おいっ、『見当がついている』ってどういうことだよ! お前、見たのか? どんな奴だった? 男か? 女か?」

 その怒りにも満ちた言い方に千子は足を後ろへ引いて行った。

「どうせ、このテストの結果発表は教室で言うだろうし、すぐ分かるさ」

 千子の言い分に半分納得はいってない雷だが、半分は事実なので少し怒りが納まった。

「まぁいいや。紫の奴覚えてろよ」

 雷は指の関節を鳴らしながら怒りに燃えていた。

「………」

 千子は幽子の方を見ると、幽子はうつむきながらそそくさと武器庫を後にしていた。

「こりゃ、先が思いやられる」

 千子は一人呟いた。

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