裏と表

ネ「おーい、イーリ」

イ「ん、何さいったい」

ネ「どっかでケティさん見なかった?

  借りてたタオル、返さなきゃならないんだけど」

イ「え……何に使ったの、それ」

ネ「な、何にも使ってねえよ!

  少なくとも怪しまれてるような使い方はしてねえって」

ネ「訓練で思いっきり転ばされて頭打ったから

  それで冷やしとけって氷を包んで渡されただけだよ」

イ「へー、ケティさんって怪我にはなぜか詳しいもんね」

ネ「応急処置については一通り学んだって言ってた

  ま、それだけ詳しいなら怪我しないよう手加減して欲しいんだけど」

イ「ん、わかった 見つけたら言っとくね」

ネ「頼むよ、ありがとう」


イ「うーん、どこにもいるんだろ、ケティさん

  寮室にはいなかったし、修練場にも顔を見せてないみたい」

イ「今日は夜までは非番だってマクロンさんも言ってたし

  ケティさんのことだから絶対館内にいると思うんだけどなあ」

イ「んー、探し回ってたらなんかお腹空いてきた

  そろそろお昼ご飯だし、食堂でゆっくりしとこ」

イ「ふんふ〜ん」

(音・ドア開)

イ「うわぁ! えぇ!?」

ケ「っ!……ってイーリじゃない

  何よその大袈裟な反応、もしかして馬鹿にしてんの?」

イ「いや、いきなりドアが開いたのと、ずっと探してた

  ケティさんが現れたので、二回びっくりしちゃって」

ケ「……まあいいわ それで、何か用でもあるの?

  しょうもないことなら帰るわよ」

イ「ネイブが借りてたタオルを返したいから

  もし見つけたら伝えといてくれって」

ケ「ああ、わかったわ わざわざありがと」

イ「それにしても、なんで隊長室なんかに?

  それも朝からずっといたみたいですけど」

ケ「……心配されるほどたいしたことじゃないわ

  最近、修練場が散らかってるって説教されただけよ」

ケ「それじゃ、私は部屋に戻って寝るわよ

  ったく、昨日は夜勤で寝不足だってのに、あのババア……」

イ「あ、ケティさん ちょっと!」

ケ「あん? 何よ?」

イ「背中になにかゴミがついてますよ……

  なんだこれ、血のついた……爪?」

ケ「っ!」

(音・衝撃)

イ「いだっ」

ケ(喋るな! 黙ってついてこい!)

イ(何ですか急に! 髪引っ張らないでくださいよ!)

ケ(こっちの台詞だ馬鹿! いいから早く来なさい!)

イ(いだだ! 痛いですって!)


(音・ドア閉)

イ「痛ったぁ……やっと解放された」

ケ「ああもう、何でこうなる……」

イ「こっちが言いたいですよ!

  いきなりトイレに連れ込むなんて……はっ、まさか!」

ケ「まさか、じゃねえよ

  そんなに趣味ねえっての」

ケ「あそこで騒がれると不都合だっただけよ

  私にとっても、あんたにとっても」

イ「……それで、なんで爪なんて背中に引っ掛けてたんですか」

ケ「そりゃ、私が剥がしたからよ ついさっきね」

イ「隊長のをですか!?」

ケ「んなわけないでしょ

  そんなことしたら八つ裂きにされるわ」

ケ「……拷問官なのよ、私は」

イ「……拷問官? そんなの、この警備隊に」

ケ「表向きはないでしょうね、公的機関の警備隊だもの

  それに集団犯罪の捜査や逮捕は警察の管轄なわけだし」

ケ「でも、これだけ武力と権力を抱える強大な組織よ

  敵視するものや利用して裏切ろうとする者もいる」

ケ「それに、一瞬の差が生死を分ける緊急事態に直面する私たちが

  捕虜から迅速に情報を得る手段を持てないのもふざけた話じゃない」

イ「じゃあ今日ずっと姿を見せなかったのは」

ケ「ある事件の犯人から、共犯者の居場所を聞き出してただけよ

  手始めに利き手の爪2枚を剥いてやったら、ペラペラと喋ったわ」

ケ「今日の仕事は楽でよかったなんて思ってたらこれだもの

  本当に嫌になるわ」

イ「なるほど……なんだか違和感ないですね

  ケティさんが拷問官……なんか安心感すらある」

ケ「どういう意味よ、あんまり言うと締めるわよ」

ケ「とにかく、このことは絶対に口外しないこと

  隊員内でも一部にしか知らされてない機密事項だから」

イ「ほーい」

ケ「じゃ、私は部屋に帰って寝るから

  ネイブにも言っておきなさい」

イ「あ、えっ、昼ごはん食べないんですか?」

ケ「私だって人の子なのよ

  他人の生爪剥いでおいて、すぐ昼飯食う気にはならないわ」

イ「大変なんですね……おやすみなさい」

ケ「はいはい、おやすみ」

イ「……」

イ(……私、獲物を解体してすぐご飯食べたりしてたけど

  もしかして本当は人の子じゃないのかな)

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