第4話 照れ

 石井さんと付き合い始めてから、1ヶ月が経った。

 今では、週に3日程一緒に下校し、タイミングが合えば、登校中に合流して一緒に学校に来るようになった。

 比較的、関係は良好と言えるだろう。


 しかし、まだまだ会話はうまくできないし、いつも話題振りは石井さんからになってしまってる。これでは、示しがつかないな。


 そんなことを朝から考えていると、あっという間に昼休みになっていた。

 最近、ずっと石井さんのことを考えてしまい、授業が全く頭に入ってこない。


「おーい、聞いてんのかー?押野ー!」

「えっ⁉︎なに?」

 どうやら、安達にずっと声をかけられてたようだ。石井さんのことで頭がいっぱいで、全く気づいていなかった。

「まーた、石井さんのこと考えてたんだろ」

「そ、それは…」

「ま、別にいいって。それに、最近はうまくいってるみたいだし、それは何よりじゃないか」

 こいつはなぜ、たまにさらっとイケメン感を出してくるんだろうか。

「それよりさ、ノート見せてくれよ。内職してて、さっきの時間ノートとれてなかったんだは」

「ん、別にいいぞ。ほら」

 授業はろくに聞いてないが、ノートは一応しっかりとってある。ノート提出があるからな。

「おぉ、サンキュー。……って、何書いてんの?」

「あ?何が?」

 安達に指摘され、俺は自分のノートを覗き込む。

 するとそこには____________、

『石井さん』

 と、結構大きめの字で書かれていた。

 ヤッベェ、石井さんのこと考えてたら、つい手が動いてしまっていたんだ!

 これは、相当恥ずかしい。

「あぁ、恥ずかし。先生に提出する前に、俺が気づいて良かったな」

「うぅ、全くです……」

 ダメだな、最近は何をしていても石井さんのことを考えてしまう。俺のことをどう思ってるのだろうかとか、いつもどんなことをしてるのかとか、そんなことばかり。

「あんまり、考えすぎてへまするなよ」

「…はい」



 その後、放課後になり今日も石井さんと下校していた。


「最近ね、かっこいいバンド見つけたんだ~」

「へぇ、そうなんだ。何てバンド?」

「ウーメルってバンドなんだけど、動画サイトで再生数がだんだん伸びてきてるんだ」

「じゃあ、今日帰ったら見てみよかな」

「うん!」

 そんな話をしながら、帰路をどんどん歩いていく。


「押野くんは最近、家では何してるの?」

「そうだなぁ、オレリオンの曲を聴いたり、マンガ読んだりしてるかな」

「そうなんだねぇ」


 あぁ、ダメだな。いつも石井さんに話題を振らせちゃってる。自分からも何か話さないと……。


「…………」

「…んっ?どうしたの?」

 何か話題を振ろうと、石井さんをぼーっと見ていたら、視線に気づかれてしまった。

「えっ!あ、あぁ、そのー、可愛いなぁと思って」

「えっ……!」

 って、俺何言ってんだ。そりゃ、可愛いと思ってるけど、さすがに唐突すぎるだろ。

 ほら、石井さん俯いちゃったよ。絶対ひかれただろ。

「えっと……その、ありがと……」

 見ると、石井さんはすごく顔を赤くして、どことなく口元に笑みを作っていた。

「あ、うん…」

 良かった、ひかれてなくて。


 でも、改めて見ると石井さんって、本当に可愛いよな。

 全校生徒が惹かれる絶世の美女ではないが、クラスの数人の男子が、可愛いとうわさするレベルの可愛さだ。

 それに加えて、仲良くなると性格の良さにも気づくことが出来て、完全に心を持っていかれる。

 あぁ、本当に可愛い……。


「あ………」

 ふと、石井さんの手が目に入った。

 2月の寒さの中、手袋をしていない手が赤くなっている。寒そうだな…。

 それに、さっきの恥ずかしい会話もあいまって、この手を握ってみたい。


「あ、あのね!オレリオンのライブなんだけどね、よかったら一緒に……え?」

 気づいたら、手が伸びて、石井さんの手を握っていた。

 しかし、石井さんがそれに気づくや否や、俺の手を跳ねのけた。

「あ、あのごめんね……。その、嫌とかじゃなくて…恥ずかしいから」

「そ、そっか、そうだよね。ごめん……」

 思いっきり、拒否された。恥ずかしいからだって言ってたけど、ただ単に俺なんかと手を繋ぎたくないんじゃないだろうか。

 うあああああ!!!やっちまったあああああ!!!!


「……………………」

「……………………」


 その後、お互い何も言葉を発することなく、いつもの駅に着いてしまった。


「えっと、ばいばい」

 そう言って、石井さんは走って去って行ってしまった。


「何やってんだ俺は……」


 家に帰り、その日はご飯も食べずに眠った_____。



「おーい、押野ー!」

 昨日早く寝すぎて、起きるのも早くなってしまったため、早くに学校に行き、机に突っ伏していると、背中に声を掛けられた。

「なんだ、安達か…」

「なんだとは、なんだ。それより、そうしたんだ?いつもは俺より遅く来るのに」

「気分転換だ」

「なんだそりゃ」

 机に突っ伏したまま、返事をする。

 なんの気分転換にもなりゃしない。むしろ、学校にいると、嫌でも石井さんの姿が目に入ってしまい、昨日のことを思い出すので、むしろ来たくなかった。


「今日、石井さん休みか?」

 朝のショートホームルームが始まり、後ろから安達が小声で話しかけてきた。

 見ると、石井さんの席に彼女の姿はなかった。

「石井は今日、風邪で休みだそうだ」

 まもなくして、担任がそう告げた。

「珍しいな、石井さんが休みなんて」

 完全に、俺のせいじゃないか…。

 たぶん、風邪なんて嘘だろう。昨日のことで気が病んでしまって、学校に来づらいんだろう。

「どうした、押野、顔色悪いぞ?」

「いや、大丈夫だ」

 全然大丈夫じゃない、今すぐ消えてなくなりたい…。



 放課後、俺は自宅への帰路を一人で歩いていた。

 毎日ではないものの、最近では石井さんと帰るのが当たり前になっているため、どこか寂しい。


 昨日はなんであんなことをしてしまったんだろう。それに、いきなり「可愛い」という発言。

 そりゃ、石井さんも困っちゃうよな。

 明日も学校来なかったらどうしよう…。



 しかし翌日、石井さんはいつも通り、学校に来ていた。


「あ、あの、石井さん……」

「……………」


 だが、このように声をかけようとしても、全て無視されてしまう。

 やっぱり怒ってるよなぁ。


「おい、どうしたんだ?押野、昨日からため息ばっかり」

 はぁ、とため息を吐いていると、心配した安達が声を掛けてくれる。


「あぁ!実はな……」

 安達ならと思い、俺は事の経緯を話した。


「ふ~む、そんなことが。でも、俺がその立場なら、お前と同じことをしてただろうな」

「え?」

 安達の予想外な返答に驚く。

「だって、あんなに可愛い彼女だぜ?そりゃ一緒にいたら好きになるのは当たり前だし、手も繋ぎたくなるって。俺に乙女心は分からんが、たぶん、石井さんも本気で嫌がったわけじゃないと思むぞ。周りの人に二人の関係を隠してるわけだろ、そんな人が、進んで手を繋ぎたがらない。だから、ただただ照れただけだと思うぞ」

「そうかなぁ……」

 俺もそんな気はするが、本当に安藤の言葉を信じても良いんだろうか。

「それにほら、見てみろよ」

 そう言って安藤が指した指の方向を見ると、石井さんがこちらを見ていたが、すぐに目をらしてしまった。

「な。たぶん、石井さんは謝るタイミングを逃しちまっただけなんだよ」

 そうか。

 確かに、俺も友達とけんかしてしまった時、誤るタイミングを図ってしまう。そのタイミングを逃すと、なかなか謝れない。

「ちょっと、行ってくる」

「あぁ、頑張ってこい」

 俺は安藤にそう言って、石井さんの元へ向かった。


「石井さん」

「おし……」

 声をかけると石井さんは、何かを言いかけて、そっぽを向いてしまった。

「あの、今日、一緒に帰らない?下駄箱の前で待ってるから」

 何を言っても無視されるだろうと思い、一方的に用件を伝えて、自分の席へと戻る。

「どうだった?」

「いや、やっぱりダメだ。でも、なんとかするさ」

 一方的に言い残してきたが、本当に大丈夫だろうか。

 いや、2年近くそばにいたわけだ。恋人としての期間は短いが、それまでに築いた信頼がある。

 あの人は、男慣れしてないから、本当に照れてるだけなんだろう。

 と思っても、やっぱり不安なものは不安なんだけどな……。



 そして、放課後。俺は、下駄箱の前で石井さんを待っていた。

 果たして、来てくれるだろうか……。

 そんな不安は、杞憂きゆうに終わった。


「石井さん…」

「……押野くん」

 石井さんは、しっかり来てくれた。

「じゃあ、帰ろっか」

 俺はそう言って、先に歩き出した。

 しばらく歩いてから、石井さんも俯きながらも隣について歩いてくれる。


「………」

「………」

「「……………あの」」

 二人の声が重なる。


「先にどうぞ…」

 石井さんに促され、俺から話すことになった。

「その、この前はごめん。その、いきなり手を繋ごうとして。あんなに皆にバレないようにしてるのに、あんなことされたら困っちゃうよね」

「ううん、私もごめん。いきなりで、びっくりしちゃって…。そのまま恥ずかしくて、押野くんの顔が見れなくなっちゃった。だから、無視してたわけじゃないの。なかなか、謝れなくて。それで、あんなひどい態度とっちゃった。押野くんが何度も謝ろうとしてくれてたのに」

 やっぱりか。

 安達の言ってた通り、照れてただけだったんだな。

「でもね、これだけは言いたいの」

 そう言って石井さんは、決意を込めたような表情で俺の顔を見つめた。


「うれしかった!」

「え……」

「うれしかったから!その、押野くんが手を握ろうとしてくれたの!私、すごくうれしかったから!」

 顔を赤らめえて、必死に俺の顔を見つめている。

 そんな彼女に思わず俺は____________。

「大好きです」

 そう言った。

「私も、好き…」


 俺は、本当に石井さんが好きだ。

 これからも彼女を愛していこう。


「でも、手を繋ぐのは、まだ恥ずかしいかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る