第3話 沈黙
彼女との下校。
世の男子高生にとって、憧れのシチュエーションだろう。
一日あった出来事を話したり、手をつないでみたり。別れるのが惜しくて、遠回りをしてみたり。
俺もそんな下校をずっと夢見てきた。
っが______________。
「…………」
俺は今、学校からの帰り道を歩いている。隣には、2週間前に出来た彼女が歩いている。
「……………」
「……………」
お互い何も話さないまま、黙々と歩いていた。
やっちまったぁ、石井さんと一緒に帰ることばかり考えていて、いざ帰れることになったら、何を話せばいいか分からない。
これだったら、事前に話す話題を考えておくんだった。
「あ、あのっ、石井さん」
「な、なに?」
何か話すんだ、何か。そう、例えば、昨日放送してた音楽番組の内容とか…。
「き、昨日の、ミュージックフェスタ見た?」
「う、うん」
「オレリオンのパフォーマンス良かったよね」
「そうだね!やっぱり、かっこよかった!」
「だね…」
「………………」
「………………」
くっそぉ、俺たちの大好きなオレリオンの話をすれば盛り上がると思ったのに、全然だめだ。
以前までなら、オレリオンの話しで、別れるまで話してられたのに。
ちなみにオレリオンとは、俺たちが仲良くなるきっかけになった有名なバンドである。オレリオンのライブに度々一緒に行くのだ。
だから、難しく考えるなって!今まで通り話せばいいんだから。
と言っても…何も話題が思いつかない。
「あの、押野くん。私、ここだから……」
悶々と考えていると、不意に石井さんが声をかけてきた。
石井さんは電車通学だから、駅でお別れになる。その駅についてしまったのだ。
「あ、あぁ、そっか。じゃあ、また明日」
「うん。ばいばい」
そう言うと石井さんは、改札を通ってホームに消えていった。
「はぁー。ダメだぁ…なにもしゃべれん」
本来なら、石井さんと別れるのが惜しいはずなのに、今は少しほっとしてしまっている。
これじゃ、ダメだよなぁ……。
なんで、関係が変わった瞬間、何を話せばいいか分からなくなるんだよ。世のカップルは一体どんな会話をしてるんだろう。
とぼとぼと家に帰り、自分の部屋に入ってベッドに横になる。
「はぁ、今日は疲れた…」
精神的に。
ふと、携帯を見ると、LINEの通知が入っていた。石井さんからだ。
『今日は、一緒に帰ろうって言ってくれてありがとね。すごくうれしかった。あと、あんまり会話できなくて、ごめんね。…なんか、気恥ずかしくて』
おぉ、おぉ!なんだこのメッセージ。可愛すぎる。
やばい、心臓がバクバク鳴ってる。
石井さんも、会話が続いてないの感じてたんだな。それに気恥ずかしいって、これも俺と思ってることは一緒か。なんか、うれしい。
でも、それじゃだめだよな。彼氏なんだから、俺が話を引き出さないと!
『俺こそ、ありがとう。なんか、変だね。付き合う前は、普通に話せてたのに』
思っていることを、打ち込んで送信してみた。
ほどなくして、返信が返ってくる。
『そうだね。でもね、押野くんが嫌ってわけじゃないの。というか、好きだから。私、恋愛経験ってないから、何が正解なのか分からなくて…』
そうなんだ。いや、たぶん石井さんに恋愛経験がないだろうなぁとは思っていたけど、まさか、感じ方が俺と一緒とは。
なんか、いちいちキュンキュンしてしまう。
『俺も、恋愛経験ないから、これから一緒に探っていこ?別に、他のカップルなんか気にせず、俺たちのペースで良いよな?』
『うん。そうだね。これからも、よろしくお願いします』
LINEはそれきり、途絶えた。
なんか、LINEでは、素直に話が出来るな。こんな風に、現実でも話せるようになったらいいのに。
翌日、教室でいつものように、安達と話していた。
「で、昨日はどうだったんだ?」
「あぁー、うまく話せなかった。なんか、ずっと沈黙になっちゃって…」
「おいおい、それって大丈夫なのかよ。一緒に帰るだけじゃダメだろ。会話ができないと、それこそ、気まずくならないか?」
「それはそうなんだが、でも、いいこともあった」
石井さんも俺も、恋愛の仕方が分からない。だから、二人で、恋愛を考えていけばいい。
「おはよう、押野くん」
その後、安達と雑談していると、登校してきた石井さんに、声をかけられた。
「あ、石井さん。お、おはよう」
向こうから、声をかけてくれた。これはすごくうれしい。
「あの、今日も一緒に帰らない?」
思い切って、誘ってみる。
すると、石井さんは顔を満面の笑みにして、
「うん!じゃあ、放課後、下駄箱で待ち合わせね!」
そう言って、跳ねるように、自分の席まで去っていく。
なにあれ、すごくかわいい。それに、すごくうれしそうだし…。
「はっはーん」
視線を感じて後ろを向くと、安達がニヤニヤと俺のことを見ていた。
「なんだよ?」
「いんや、ただ、しっかりカップルしてんなと思って」
「なんだそれ」
でも、そういわれるのは悪い気はしない。こいつのにやけ
「今日は失敗するなよ」
その後、放課後になり俺は下駄箱に向かう。
「石井さん、お待たせ」
「押野くん!じゃあ、帰ろっか」
俺の姿を見ると、うれしそうな表情になり、駆け寄ってくる。
そうして、俺たちは昨日のように、並んで歩きだす。
「あ、あのさ、石井さん」
「な、なんでしょ?」
「その、昨日はごめんね。なかなか会話弾ませられなくて」
「ううん、私こそごめんね。いつもなら、オレリオンのことでずっとしゃべってられるのにね」
「そうだね…」
「……………」
「……………」
また沈黙…。何か話さないと。
「不思議だね」
「えっ…?」
何を話すべきかと考えていると。石井さんの方から話を振ってきた。
「LINEでは、思ってること話せるのに、こうやって現実で触れ合ってると、なかなか話せない」
え?それって……。
「お、俺も!俺もそう思ってた」
「え?押野くんも?」
「うん。なんか、現実だと恥ずかしくて、なかなか思ってること言えないんだけど、LINEでだと、素直になれるっていうか、相手の顔が見えてないから話しやすいんだよな」
「そうそう!現実だと、相手の表情を伺っちゃって、気を使っちゃうんだけど、LINEだと、話やすいよね」
なんだ、石井さんもそんな風に感じてくれてたんだ。
「でもさ、それでいいのかな?現実で、しっかり話せないと、何というか…カップルぽくないのかなって…」
会話も成立しないと、イチャイチャもできないし…。
「大丈夫じゃないかな。だって、LINEでも現実でも、押野くんは押野くん、私は私でしょ?LINEで、心からの本音で話せてるんだったら、それはそれでいいじゃない。…その、私、LINEでも本音で話せるのって、押野くんだけだし」
「…え?」
「そ、それに!ちょっとずつでも、現実で会話が出来るようになっていけばいいと思うの。昨日、押野くんが言ってたじゃん。自分たちのペースで仲良くなっていこうって」
そういえば、自分で言ったな。
そうだよ。俺たちは俺たちで、自分達のペースでいけばいい。
それこそ無理して、他のカップルたちに合わせようとすると、空回りして破局の原因になるかもしれない。
「そうだな。俺たちは、俺たちなりに恋愛を勉強していこう」
「うん」
その後は、また沈黙だった。
だけど、さっきまでの気まずい沈黙ではなく、どこか心地良いものだった。
ふと、石井さんの顔を見てみる。すると、ちょうどこちらを向いてきた石井さんと目が合う。
お互い赤面して、顔をそらす。
うおおおおおおお!!!すっげぇ、ドキドキした。
なにこれ、石井さん可愛過ぎませんか。
もう一度、彼女を見ると未だに頬を赤く染めて、下を向いていた。
そのまま歩き続けていると、石井さんと別れる駅の前に着いた。
「そ、その、また明日」
「お、おう、また明日」
別れを告げると、そそくさとホームまで向かって行った。
昨日は、別れられてホッとしたけど、今日は何処と無く寂しいな。
そんなことを思いながら、家へと帰った。
自室に入ると、ちょうど携帯の通知音が響いてきた。
石井さんからのLINEだ。
開けて確認してみると、可愛い鳥のキャラクターがピースサインをしているスタンプが送られてきていた。
「なんだこれ」
俺も、クマが指でグッジョブポーズをとってるスタンプを返す。
なんかこれ、すごくカップルって感じがしていいな。
石井さんもそう思ってくれてるだろうか。
今日は、石井さんと少し近づけた。
これから、少しずつ時間をかけて仲良くなっていこう。
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