イブの終わりに
NEO
イブの夜に蠢く者
アールイス市、十五万とんで三百五世帯。その全世帯を対象に、ある極秘作戦が進行していた。
「注目!!」
副官の声に、その場にいた百名の隊員が一斉に前方の指揮官を注視した。
「さて、諸君。またこの時期がやってきた。我が第203特殊中隊の訓練を締めくくる恒例のアレだ。新兵諸君は分からぬだろう。まずこれを見よ」
副官がノーパソを操作し、プロジェクタが正面のスクリーンに画像を表示する。それは、このアールイス市の詳細地図だった。
「我々はこの市を囲むように、ブラボー、チャーリー、アルファ、デルタの各ポイントに二十五名ずつ移動、そこで現地工作員の手によって用意された真っ赤な特別な戦闘服に着替え、専用のマシンで作戦を遂行してもらう」
そこで、指揮官は身につけていた迷彩服の上半身を脱ぎ、真っ赤な服を露出させた。
「これがその戦闘服だ。今日しか使用できない特殊迷彩服と思って欲しい。集結地点では特殊メイクのスタッフも待機しており、諸君は老人の姿となる。この姿で各世帯にホールケーキを配る事。これが、我々の任務である。こらそこ、帰ろうとするな。面白いのはこれからだ」
指揮官はニヤッと笑った。
「この作戦にはルールがある。まず、何らかの方法で家屋内に進入し、家人に悟られないように、必ず屋内に置くこと。そして、移動は必ずこのマシン、いわゆる原チャリ(三輪、箱付き)を使用する事。公共の交通機関等その他の手段は一切認めない。全ての任務を夜明けの六時間時間以内に終わらせる事。そして、肝心な事は警察に捕まらない事だ。当然ながら、これは極秘作戦の訓練である。我々の所属などを明かそうとしようものなら、市内各所に事前に配置してある狙撃手が、貴様らの心臓を撃ち抜く事になる。無論、逮捕されても同様だ。これは脅しではない。毎年十名程度の死者が出る。どうした、顔を青くして。少しは楽しくなってきただろう?」
「質問はあるか?」
副官が声を張った。
「はっ、武器の使用は?」
「うむ、格闘術を含めて一切認められない。誰にも危害を加えるな!!」
当たり前だ。ケーキを配るのに戦ってどうする。指揮官の顔にはそう書いてあった。
「以上、なければ解散!!」
かくて、この上ない珍作戦は開始されたのだった。
12/25 0000時 ポイントブラボー
「いいか、貴様らには一応「パティスリー ノーフォーク」のバイトという仮の身分が与えられているが、実在する店ゆえに絶対に使うな。迷惑が掛かる。潔く散れ!!」
ビシッと整列した原チャリの群れに向かって、分隊長が叫ぶ。特殊メイクにより全て同じ年寄りの顔。不気味でしかない。
「総員、出撃!!」
そして、バババババっと、50CCの原チャリが一斉に出撃したのだった。
12/25 0115時 司令部
「さて、今年は何人生き残りますかね」
副官がお茶を淹れながら、つぶやくように指揮官に言った。
「それは問題ではない。市長殿より頼まれている慈善事業が、無事に成功するかが問題なのだ」
そう、指揮官はなにもとち狂って、こんな事をしているわけではない。アールイス市長から頼まれた事なのだ。故あって市長の名前を出したくないので、間に軍を挟んだのである。
「それならば、普通に配ればいいものを……」
「それでは面白くなかろう。退屈な任務を、少しでも活かさねばな」
同刻 原チャリ六十五号車
「前の原付、止まりなさい!!」
背後からおなじみの声が聞こえるが、止まったら撃たれる。その思いが兵士が握るアクセルを緩ませようとしなかった。
ケーキ四つは無事に配った、後は帰投して補充し、再び出撃するだけだったのに……クソ!!
彼を追うパトカーの数はどんどん増えていく。応援を呼ばれているらしい。
「仕方ない。やるか……」
この市で生まれ育った彼にとって、このエリアは庭のようなものである事が幸いした。フッと細い路地裏に飛び込み、根性で階段を駆け上り、ついでにどっかの工場の屋根を駆け抜け……彼は辛くも逃げ切った。
12/25 0600時 司令部
いかにも疲労困憊という隊員の前に立ち、司令官が見渡す。
生き残った隊員は、結局九十五名だった。ケーキのために戦死。さぞ無念だっただろう。その思いを噛みしめ、指揮官は敬礼を放った。全員同じ顔の老人に向かって。
「諸君、なにも言うことはない。労を癒やしてくれ」
兵士の誰かが手を挙げた。
「ん、なんだ?」
「はっ、ここに残った予備のケーキ二十個……テメェが食えや!!」
そして始まる一方的なケーキの乱射。唸る筋肉、飛び散る汗。そして、対戦車ミサイルのような正確さ。あでスタッフが美味しく頂いたので問題ない。
かくて、一つの作戦は終わった。そこはかとない虚しさと甘さを残して……。
ああ、どうでもいいがケーキは「パティスリー ノーフォーク」の、クリスマス限定スペシャルイチゴショートであった。
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