第15話
「佳苗。本当に東京、行っちゃうの?私のこと、見捨てるの?」
その声は私の胸をひどく締めつけるから、唇を押さえて呼吸できなくしてやりたくなるような残酷な衝動にかられてしまう。身勝手で、我儘で、一度たりとも私のことなんて、考えたことなどないのだろう。寂しがりで、悲しい顔が何よりも似合ってしまう、この女は。
「東京に行ったって、貴子はきっと幸せになんてなれないよ。貴子はこの先もずっと、私のおもちゃなんだもん」
うさぎのように真っ赤な目をして、貴子は私を見上げている。私は子どものようなことをさも当然のような顔をして言う女の子の頭を撫でた。
「もう、いらないでしょう。だってあんたは先生のおもちゃなんだから。ずっとそうやって、誰かに管理されることをあんたは望んでたんだ。私にはできなかったけど、先生なら、それができるんでしょう。それがあんたの幸せなんでしょう」
こんなにも残酷なことを私に言わせる貴子が憎かった。私の拳からあなたの肌に残される愛情の跡を想像できない私は結局負けに違いなかった。息を呑んだ貴子の目の奥がどんどん透き通っていくのが分かった。
「何で、そんな風にしか生きられないの。ずっとそんな風にして生きていくつもりなの。幸せになれる訳ないなんて、そんなの、全部あんたのことじゃん。捨てられるのも、私のほう。分かってんでしょ。何で、何で私じゃダメなんだよ、何で。あんた絶対後悔するのからね」
顔を覆って泣きじゃぐる私を残して、貴子が出ていく気配がした。扉を閉める瞬間、貴子は一言「ごめんね」と呟いた。その声はひどく寂しい音色に聞こえたので、また嗚咽が止まらなくなった。先ほどまで貴子の手首を縛っていたネクタイからは、彼女のつけていたバニラの香水の香りがしたけれど、箪笥に入れているうちに、いつの間にかその匂いは跡形もなく消えてしまった。
貴子はどうしようもない女だった。私の手にはとても負えない、理解不能なモンスター。一度愛してしまったら、骨までしゃぶられて捨てられる。だけど好きだったから。心から、あなたのことが、好きで好きで、仕方がなかったから。何度生まれ変わっても、私はあなたのことを好きになるのだろう。
私たちはそうした形で、本当に終わりを迎えた。
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