第14話


 貴子の代わりにぽっかりと空いた時間は、勉強で埋めた。面白いように成績は上がり、先生や両親には手放しに褒められた。勉強は嫌いじゃないことに、生まれて初めて気づいた。問題を解いている間はあの子のことを考えずに済むから。高校一年生の頃には考えられなかったような圏外の大学にも合格した。東京のお茶の水というところにある女子大学だった。あの子と一緒に行こうと約束した場所だけれど、そのことを覚えているのは私だけかもしれない。


 だから最後にあの子に会ったのは、卒業式だった。


 卒業証書を片手に美術室に向かった。最後に先生にお礼を言うために。だけど美術室には鍵がかけられていて、誰か先客がいるみたいだった。私は美術室で先生を待つことにしたのだけれど、準備室からは聞いたことのある女の子の嬌声が聞こえていて、私の腕にはぷつぷつと鳥肌が立ちはじめていた。とっくに終わっていたと思っていたのに、未だふたりの関係は続いていたのだろうか。一体、いつから。私と貴子が付き合っている間も尚、ふたりはセックスをしていたのだろうか。いくら考えても無為な問いが頭の中を駆け巡る。結局のところ私はあの子を忘れることなどできなかったのだ。


 衣擦れの音がようやく止み、先生と貴子が出てきたのは夕方になってからだった。美術室の中は橙色の日の光で満たされていた。制服の胸ポケットに白い花をつけたまま、貴子は私の元へと駆け寄ってきた。私の髪の毛をゆっくりと撫でて、「待ってくれてたの」と嬉しさをにじませた唇で微笑んだ。私は頷くことしかできなかった。本当は先生の両頬を平手打ちしてそそり立つ局部を足蹴にしたいような怒りが胸の中で煮えたぎっていたけれど、潤んだような貴子の瞳は決してそれを望んでいないように思えた。


 もう二度と戻ってこない蜜月の頃のように、貴子を後ろに乗せて走った自転車が坂道を越えてゆく。これが最後になると分かっていたからか、貴子の言葉は柔らかく私の胸を撫でていた。貴子の体温が制服を通じて背骨に伝わってきて、私はそっと目を閉じた。


「佳苗。大学合格、おめでとう」

「貴子はどうするの、これから。この町に残るんでしょう」

「決めつけたみたいに言うんだね。そうね、どうしようかな、まだ決めていないけれど。先生が行くところになら、何処へでも私は行ける気がするの」


 田んぼの縁でブレーキを止めると、貴子はひらりと後部座席から飛び降りて、ラブホテルの方へと走っていった。森が近いからかスギ花粉の飛沫が待っていて、花粉症の私はくしゃみが止まらなくなった。貴子は私の手が届くくらいの距離になるように、時々振り返りながら前を歩いた。胸を激しく突くような感傷が一体何処からくるものなのか、私には良く分からない。



 埃っぽいラブホテルの203号室で、私たちは互いの制服を脱がせ合った。貴子の身体の中心には青い痣の花が幾つも咲いていた。殴打の跡の理由について貴子は何も言わなかったし、私も聞かなかった。

 久しぶりの貴子の肌の温もりに身を委ねて、官能の海をふたり手をつないで泳いでゆく。失った恋のきらめきが身体の芯を貫いたとき、貴子の左目から一筋の涙が伝った。声を上げて泣きたいのはこっちだと言いたかったけれど、できなかった。貴子が先に泣いたせいで、涙は出なかった。息を整えながら、互いの瞳を見合う。こんなに近くに一緒にいるのに、私たちの血液は水と油からできているから、決して混じり合うことはできないのだ。


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