第2話


「そんな感じだったね、あの頃から。貴子はさ、ぼろぼろになるのが趣味なの?破滅に向かって突き進んでいるようにしか見えないよ」

「うらやましいくせに。佳苗はいつもそうやって、じっと物陰から見ているだけだったね、私のこと」


 これ以上、この話を続けるべきじゃない。そう思うのに、試すようなもの言いに、追求せずにはいられなかった。背筋に冷たいものが伝うのが分かる。


「どういう、意味」


 貴子は不敵な笑みを浮かべて、灰皿にタバコを押し付けた。


「私の目に映りたくて、たまらなかったんでしょう。あなたはいつも、物欲しげな瞳で、私のことを見ていたものね。ほら、その目。いんらんの目。舌なめずりして獲物を狙う、サバンナのライオンみたいな赤い目」


 楽しそうに笑いながら、貴子の指が私の顔の中心を指した。血が通ってないみたいに、体中が冷たかった。


「懇願されたら、いつでもセックスさせてあげたのに。でもあなたってそうやって見ているだけで、何にも言ってこないんだもの。おかしかったわ。あなたをからかうのは本当に楽しかった。…なあに、どうしたの」


 テーブルをまたいで、彼女の着ているYシャツの襟を掴んだ指の先が、ふるふると震えていた。そのまま彼女の肉体を持ち上げると、貴子の喉から呻り声のような音が聞こえた。

 治らない古傷を赤い舌で舐るようなその声が、頭の神経に響いて仕方がない。


私が貴女を殺してしまうより先に、卒業式がやってきたから、もう二度と、この女とは出会わないつもりだった。貴子の右目を覆い隠していた眼帯が外れて、だらりと頬に垂れ下がる。紫色の真新しい痣が、美しかった彼女の二重まぶたを完全に破壊していた。息をのむ私を笑って、「いいよ」と貴子は言った。

 真冬に吹く木枯らしのようなつめたい声が、耳のすぐ近くに聞こえた。


「佳苗、もっとつよく、私の首を絞めて」


 手放した手に感じる貴子のぬるい体温に、自分が今、しようとしたことの取り返しのつかなさに衝撃を受ける。ガラステーブルの上は、コップの水が溢れて海のようになっていた。うつむいて溢れそうになる涙を隠していると、喘息のようなあなたの呼吸音が、向かい側から聞こえた。


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