闘い終わって ~案外いい奴じゃん!

 ゴール後に歩いてすぐの入浴施設で汗を流してから着替えのできる、しかも受付でゼッケンを見せれば、500円の入浴料が200円に割引きになるというシステムはベリグーだと思う。サルトル、Q太郎、タマちゃん、45分後にゴール付近に集合ねってことで、男湯と女湯に分かれて入浴。


 男湯の湯舟につかりながらQ太郎はぼんやりと考えていた。

 制服を着て走っているマラソンランナーでえさえ職業も分からなかったし、どんな生活をして何を考えている何者かだなんて全然わからなかった。

 制服を着て走っていたランナーたち今はスッポンポンになってお風呂に入ってるというギャップが面白いかなと思ったけど、素っ裸になったら職業や身分なんて笑っちゃうほど分からないってかみんな同じじゃんと思ったりする。裸になればみな同じ、いやむしろ立場逆転もあったりしてさらに面白い。

 そういう意味では今日フルマラソンを完走した自分はすごいけど、いつもの自分はまだまだってことだな。


 サルトルも洗い場で髭を剃りながら、鏡に映っている自分をみながら思い出していた。「制服で走った後で裸で交流することで完結する大会だから、絶対に入浴もセットにしないとこの大会の意味はないって実行委員会でけっこう頑張ったんだよなぁ。やっぱゴール後の風呂は気持ちええわ。」


 タマちゃんだけは当然ながら女湯で、ゆっくりお湯につかって温まってから髪や日に焼けてしまった身体のお手入れをしっかりしてから、更衣室でジャージに着替えて廊下に出てた。「さて、これからが本日のメインイベントじゃが~ お楽しみのビールを飲むでぇ!この日のために1か月も我慢したんじゃけんのう」と思って自販機の前に立ったのだが・・・

 のだが・・・んがぁ・・・あれ!?缶ビールは300円なのに、200円しかない!? ちゃんと準備して確認したはずなのにぃ・・・パニックになってしばらくポケットやら着替えた服のポケットなど探しまくってちょっとした半狂乱になっていた。我に返って振り返えると、自分の後ろにはジャージを着た人たちがイライラした顔で行列を作っていた。「オーマイガー!」

 「おほほ、失礼いたしました」と、とりあえず自販機前の缶ビール購入戦線からやむなく離脱して、しばし考察した。すぐに原因が判明した。そうだ!ロッカーに入れた100円を回収するのを忘れてた! 「今更原因は分かったって、どうせまた最後尾に並んでお預けお預けだもんね」といじけてタマちゃんは意気消沈した。


「よかったらこれどうぞ」 声の主を見ると、さっきまで自分の後ろに並んでいたむさいジャージの青年だった。彼は嬉しそうな顔をして2本買った缶ビールのうちの1本を差し出していた。冷え冷えで旨そうだった。

「えっいいの?」(ラッキー!でもあんた誰だっけ?)

まだ20代前半に見える茶髪の好青年は、(ただの「青年」は、タマちゃんの中ではすでに「好青年」になっていた)

「お嬢さん、僕のマラソン初完走祝い、おすそ分けっす。走った後のビールは最高っすよね!」(お嬢さんだって! えへへ・・・何年振りだろ、そんなこと言われたの私? タマちゃんの中では彼は、すでに「爽やかな好青年」に進化していた)


「おー これはごっちゃんです」 缶を合わせて乾杯すると、その爽やか青年は文字通り爽やかに立ち去って行ったのであったが・・・

その後姿を見送るタマちゃんは、その男の耳に見覚えのあるダサいハート型のピアスに気が付いた。(あいつ、案外いい奴じゃん!)


 ゴールゲートの付近では、制服ランナーたちがゴールしてくるのを、たくさんの人たちが応援しながら待ち構えていた。会場のアナウンスが、ゼッケンでわかったランナーの名前を次々に呼びながら会場を盛り上げて、それぞれの物語のエンディングのプロデュースをしているようでもあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る