スッポンポンで走る人

30km地点/12:00分

タッタッタッタッタッタッ・・・

 サルトルが振り返るとQ太郎の姿はもう見えず、タマちゃんだけがぴったり後ろについて涼しい顔で走ってる。(お主、なかなかやるな)

タッタッタッタッタッタッ・・・

 まだ余裕があり、走っているランナーの制服を見て職業を想像したり感想をしゃべりながら走っている。


 なんだか前方のほうでざわざわした声や女性の悲鳴というか歓声が聞こえるなと思っていたら、何だかすっぽんぽんらしいランナーが目に入った。この時間帯で追いついたということは前半けっこういいペースで走っていたはずのアスリートは元気にちんちんを一定のリズムで揺らしながら走っているらしい。完走は間違いないだろう。だけど何者?


「前方50mに見間違えでければスッポンポンで走っている人がいるけど、職業なんだと思う?」

「本当だ!お相撲さん? でもふんどししてないから違うか」

「ふんどしじゃなくてまわしだし、あの体格じゃあねぇ」

「分かった! 水泳のインストラクターとか?」

「主婦には大人気かもしれないけど、もしも本当にふりチンでやったら犯罪だろ!」

「じゃセンセーは何だと思うの?」

「それは言えん。が大したやつかもしれんな」

「でもやぼったいピアスつけてるね。ハート型だって、ダサ~! でもちょっといい感じのオトコっすよ。ちんちんとゼッケンが一緒にぶらぶらしてちょっと笑えますけど。」

「おい、だから振り向くなって」


33km地点 12:30

 Q太郎は様々なランナーとの出会いにヨロコビと感動を感じながら走っていた。主たる関心の的であるタマちゃんこと看護師の玉城美也について、20km地点までは何とか置いて行かれまいと走ってきたが、30km地点までのペースアップにはついて行けない自分のふがいなさに意気消沈、大幅にペースダウンしていたところで・・・前を走るふるちんランナーが視界に入った。


 何だかイライラしていたQ太郎は追いついてそのふるちんランナーと並走しながら声をかけた。たぶん、不愉快そうな顔をしていただろう。

「すっぽんぽんってか制服は股間の前後を隠しているゼッケンだけですけど、あんたの仕事っていったい何なの?」

「AV男優ですけど、それが何か?」低いトーンの声でしかも無表情で返事を返した男は、敢えて冷静を装っているのだろうか、走っている彼の(おそらく)自慢のおち〇ちんはゼッケンに隠れてふらふらしているようだが、恥ずかしがって直接は姿を見せていなかった。

「まあいいですけど、まずそちらから先に自己紹介するのが礼儀じゃないんですか?で、お宅は薬局の店員さんかな何か?」

「わ、わ、私は女性や弱い立場の者の立場に立って彼女または彼らを助けるために日夜奮闘している医者だ!」なんて口の利き方だ、AV男優だって?そんな職業は絶対に認めない!と憤りつつも「薬局さんにもお世話になってます」と、なぜか薬局さんに気配りしてしまった。(のちにサルトル所長から褒められたのはこの一言だった)

「地獄へ落ちろ!」ときっと玉城さんなら言うだろうと思い、代わりに心の中だけで呟いておいてやった。

 怒りパワーが炸裂したQ太郎は、再びペースアップしてタマちゃんを追いかけてゴールを目指した。


40km地点/12:50分

 30km地点からペースアップして研修医Q太郎が後退、35km地点からは玉城美也にも「お先に」と告げてさらにペースアップしたサルトルは、40kn地点で振り返ったときに当然置き去りにしたと思っていた玉城美也がぴったり後ろについて走っていたのに驚愕した。呼吸する音も足音も聞こえなかった。すでに40km走っているのにポーカーフェイスで走っている。

 アナウンスや歓声が聞こえてきた、ゴールまで数百メートル。「ハーハーハーハー」心臓が破裂するくらいな勢いで走る。玉城の「ハーハー」が横に並んだかと思うとついにサルトルの前に出た。鬼のような形相になったサルトルがさらに抜き返したが、力強く乱れないペースで足を運ぶ玉城美也は涼し顔でゴール前でさらに抜き返してゴールのテープを切った。


42.195kmゴール地点/13:01分

ゼッケン〇〇 玉城美也 4:06 38位/556人

「タマちゃん、おめでとう。やるなぁ 今回は完敗です」

「いや、サルトルいや所長さんについていったおかげです」

「なんのなんの無駄なことや疲れることは嫌いだと言ってたけど、タマちゃん、かなり熱くなってたじゃないですか。」

「そちらこそ。その言葉そっくりお返しします。こんな熱いサルトル先生は初めてみました。」といいながらタマちゃんは涙を袖で拭った。

「もしかして泣いてる? 感動ですか?」

「悔しいんです。4時間切れなかったぁ 悔しい!」

「まじ? 初フルで贅沢言うんじゃねえよ、前半20kmはみんなのペースでゆっくり走ったので上出来だろ?」

「チクショー!」(やや泣き声)

「そりゃ こっちのセリフやて」(そんなあんたに負けちまったんだぜ)


 「ママ―」事務長のまりあと一緒にゴールで待っていた小学生くらいの女の子2人が玉城に向かって駆けてきた。彼女の愛娘たちは、「おめでとう」「ママ、頑張ったね」と大興奮してはしゃいでいる。そして玉城はまた、袖で涙を拭っている。


「もしかして、また泣いてたやろ」と、からかうサルトル。

「いや、ただの花粉症やて」と、いつものクールなペースに戻った玉城。

 しばらくはまだみんなゴールしてこないでしょう、ちゃっと併設の入浴施設で汗を流してから、缶ビールを「シュポッ」と言わせて「ぷふぁー」とか言いながら皆のゴールを待つことにしますか、と歩きだしたところ、意外に早く研修医のQ太郎がゴールしてきた。

 それならそれでってことで「初フル完走おめでとう」「おつかれ」「やるじゃん」などと声をかけて、記念写真を撮るとなると何だかはにかんだように表情になっていたが、ここではビールは売っていないのだ。

 Q太郎君は何だかとってもうれしそうな顔で「僕もご一緒させてください」と言って一緒に入浴施設に向かった。


「所長、玉城さんとの距離がなんか縮まってませんか?」Q太郎が小声でサルトルに話しかけてきた。

「そう? 何で?」 

「何か怪しいなぁ、何かあったんでしょ」

「いや別に」

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