いろんな制服ランナーたち
10km地点/10:10AM
タッタッタッタッタッタッ・・・
ドタドタドタドタドタドタ・・・
バタバタバタバタバタバタ・・・
クリニックのメンバーは、1キロを6分半の練習会と同じイーブンペースで集団走行していた。まだ9人全員がそろっている。その9人のメンバー中で練習会にほとんど参加していなかったのが、Q太郎こと
【
初出勤の日、クリニックの朝会でいきなり僕のニックネームが更新されてしまったんです。
「大庭求です。このクリニックで1か月間研修させて頂くことになりました。よろしくお願いします。ちなみに、ニックネームは名前を文字って『オバQ』です。バケラッタ~」と、合コンののりで毎度おなじみの挨拶をしたら・・・
「違うだろ! そりゃあO次郎だろう、バケラッタは」
「だいたいオバQっていうと伝説のランナー高橋尚子のイメージだしねぇ」
「そりゃあ身分不相応だな」
「ほんならQ太郎でええがね」
「そやなぁ」
「そや、そや」みたいな感じで、
やっとかめクリニックでは『オバQ』改め『Q太郎』という名前でデビューすることになってしまいました。
その後は、話せば長いことながら、いろいろあって、とりあえず今、僕は初めてのランニング大会でフルマラソンを走ってます。無謀ですよね?それは分かってます。しかも記念すべき人生初のフルマラソンが、ゲテモノっぽい「制服で走ろう!マラソン」なんて変な大会なんですから恥ずかしくて親にも言えません。クリニックでの研修はとっくに終わって別な病院で外科の研修をしている身なのに何の因果か・・・というのも、ここだけの話、看護師の玉城美也さんに会いたかったというのが75%以上で、サッカー少年だったし今でもジムに通っているので走る事にはちょっとばかり自信あり、いいところを見せて大接近を狙います。
制服マラソンなので、僕はグリーンの手術着上下を着て走ってます。素材はたぶん綿ですね。かいた汗でべったり肌にくっついて不快です。手術着といえば医者のユニフォームなので自分は医者に見えてるんだろうと思って走っていたけど、よく考えてみればこれが手術着だってみんな分からないんじゃないか? さらに、いろいろな制服のランナーを見ながら走っているうちに、案外、着ている制服だけでわかる職業って少ないことににも気が付きました。コンビニの店員やハンバーガーショップの店員、ガソリンスタンドの店員などはユニフォームを着ていれば難易度が低く分かりやすい。消防隊員や警察官、自衛隊員なんかも分かりやすいと思う。でもちょっと怪しい? 警備員かもしれませんよね? スーツや作業服の人たちときたらもう全く職業不明です。
「案外、制服を着ていても職業って分からないですよね」と言葉を投げかけてみると「いいところに気が付きましたね」とサルトル所長さんは一瞬だけ目を合わせて返事してくれたあと、また前を向いて次の言葉を考えているようでした。
「Q太郎先生、あんたは若いでまだまだ修行が足りんわ。私くらい経験を積むと総合的にみてその人のことはだいたい分かるようになるんだわ」と大きな声で会話に割り込んできたのは、須藤師長さん。「本当ですか?すごいですね」と、疑いのまなざしで振り返ると、自信満々に鼻の穴を広げてバタバタと走っている姿がすぐ後ろに見えた。10km地点のエイドではついに「見てみ、教えたるわ」ってな感じで実践、自信満々でまわりのランナーに話しかけだしました。
「お疲れ様で-す。事務員さんですか?」
「いや社長です」
「あなたは社長さんですよね?」
「派遣のパートです」
「あんた、見るからにお坊さんでしょ」
「いや神主です」
ことごとく外した。全然だめじゃん!
10km地点のエイドを出てからはサルトル所長と並走してみることにしました。玉城さんも同じペースで走っていて、二人とも全然息が乱れず汗もほとんどかいてないみたいでした。負けるものかと思ってついていきます。
サンタクロースの格好をした集団が前方に見えたので楽しくなって声を上げました。
「サンタクロースが走ってますよ」
すると所長は、「サンタクロースの格好をしている人の99%以上はサンタクロースじゃないはずです。エビデンスはありませんが」とクール、せっかく盛り上げようと思ったのに。
「じゃあ何なんですか?」
「ほとんどの人がアルバイトですけど、それが制服であることは間違いではないかもしれません。」
「え~?? あっ、くまモンも走ってますよ」
「彼か彼女か分からないけど、プロのお仕事ですからあれは制服と言えるでしょう」
「あれは間違いないです。同業者です。白衣を着たドクターとナースですから間違えようもありませんね」
「あれは偽物です」
「えっ」
「今時、ナースキャップを被った白衣のナースなんていないし、しかも網タイツを履いてるって変ですよね。たぶんマニアです。」
「えー、じゃあドクターもマニアなんですか?」
「たぶんね。今時、ガクタイキョウを頭につけている医者はいないからね。通販で手に入るのかなぁ」
「僕、もう全然わからなくなりました。 着ている服ではその人の仕事や生活なんて全然わからないじゃないですか!」
「いいところに気が付きましたね」とサルトル所長は言ってなぜか褒めてくれました。
逆に自分たちってどう見てるんだろうとも思うようになりました。
しばらく走っていると、今度はヘルメットをかぶった工事現場風のランナーが、玉城さんに話しかけてきました。
「美容院の人じゃろ?」ービョウインでよかったですか?
「ええまあ。本当は病院ではなくてクリニックってところですけど」
「え?クイニイクトコロ?飲食業ですか?」-耳くそほじって出直してきな!
「・・・??」
白衣だって散髪屋さんや出前の兄ちゃんに見えないこともないしね。考えてみれば僕たちだってクリニックという建物にいるからそれだとわかるだけで、単身で会ったら医者や看護師か医療事務かどうかなんて分からないんだ。白衣を着たドクターでさえも床屋さんだか出前のおじさんだかもわからないんだと思うと愉快になる。結局人間の中身は見た目じゃ分からないってことかぁ・・・
20km地点/11:15分
タッタッタッタッタッタッ・・・
ドタドタドタドタドタドタ・・・
バタバタバタバタバタバタ・・・
クリニックのメンバーはまだ9名が全員そろって1キロを6分半のイーブンペースで集団走行して20km地点のエイドまでたどり着いた。よく頑張ったとサルトル所長が思っていると、右手にバナナ、左手にはお稲荷さんを持ったスコイ師長こと須藤が、
「所長、ありがとうございました。もうここからは私ら自分たちのペースで行きますんで(先にいって)」と話しかけてきた。
「とか言ってまさかリタイアするつもりじゃないでしょうねぇ」
「・・・・」
「ゴールで待ってますから。」
「・・・・」
「じゃあお言葉に甘えてお先に行きますが、ゴールで必ず待ってますよ」
サルトルが走り出してから振り返ると、なんど看護師の玉城美也とそれを追うように研修医のQ太郎があわててついてきているのが視界に入った。ここまでゆっくり来たので4時間以内でゴールは難しいなぁ まあ楽しく気持ちよく走ればいいかなとかあれこれ考えつつスタスタと走っていた。
「ちょっとペースアップしていいですか?キロ5分くらいでどう?」
振り返って追いついてきたQ太郎と玉城につぶやき、その表情からOKだなと確認してペースを速めた。
【
もう一杯一杯なんだけど、やっぱリタイアは許されないか、と諦めた。
自分を励ますかのように多いな声で
「さあ、あと半分ちょっと、行くよ!」と、エイドでグズグズしているクリニックのランナーたちを追い立てて、20kmのエイドを出発した。
苦しい、足が痛い、暑い、辛い・・・走りながら、頭がぼーっとして、私、何でこんなことやってんだったっけ?と思ったりする。私は、一生懸命笑顔を作って、腕を大きく振って走り続ける。そうすると何だか楽に何ですよ、とサルトルが言っていたのを思い出したから。
「クリニックの皆でマラソン大会に出たいんだけど」とサルトルに打ち明けられた時にはびっくりした。
サルトルは私と同学年の48歳、病棟勤務時代に心を病んで休職していたことは知っている。クリニックに来てからは、一人所長として孤軍奮闘、とても努力していることも知っている。だから、マラソン大会?とんでもない!とは思わなかった。きっと何か彼なりの考えがあるのだろうと信じる気になった。だから、何とか支えてあげたいと思って協力しているのだ。やっぱり最後まであきらめずに前に進もう。
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