いざ出陣!やっとかめクリニック十勇士

 いよいよゴールデンウイーが終わり、何やら怪しいネーミングの怪しいマラソン大会、「制服で走ろう!マラソン」第1回大会の当日を迎えた。

 会場は名古屋市の郊外にあるモコリロパークでである。20年以上前に地球温暖化に反対アスリートが主催する国際博覧会が行われた会場の跡地で、陸上競技場やスポーツジムやプールのほか、入浴施設も完備したアスリート天国な施設である。なお、今大会では、ゴール後、ランナーは割引料金で入浴施設を利用することができることになっている。


◆クリニックから参加したメンバーと各自のひとこと(大会パンフレットより)

421 猿渡亨 医師 この大会には、いろんな意味で期待してます。白衣で走ります

422 須藤恋 看護師 何事もチャレンジ!為せば成る、もちろん天使の白衣

423 細井美代子 看護師 運動すると食欲が亢進してダイエット失敗だった

424 玉城美也 看護師 ちゃっと終わらせてビール飲みたい

425 尾尻沢里奈 看護師 がんばりま~す

426 大井川真琴 事務職 練習の成果を生かして時間内完走を目指します

427 川上武 検査技師 初フルです。自信はイマイチですけど頑張ります

428 山本山太郎 ケアマネ 初の大会参加で無謀なフルです。制服はスーツです

429 大庭求 医師 研修医 大会の趣旨に賛同して参加。制服は手術着の予定


8:30モコリロパーク陸上競技場スタート地点付近

 受付をすませた後、やっとかめクリニックのメンバーはランナーの9人だけでなく、マネージャー兼応援のまりあ事務長までも、日頃来ているお馴染みの制服に着替えて、スタートライン・・・ではなくて、実はその数十メートル後方のあまりランナーがいないエリアで遠慮ぎみに集合していた。いかにも自信なさそうなその集団の中に、ボブヘアで黒ぶち眼鏡、チャーミングなスマイルが売りの真琴は、スーツ風の制服姿で立っていた。クリニックで最年少の24歳、女性としては背が高い彼女が今日は、しょんぼり背中を丸めて小さく見える。


大井川真琴オオイガワマコト

 私は、どちらかといえば文系で反体育会系、スポーツには縁遠い青春時代を過ごしてきました。ランニングはもとより、フルマラソンなんて別世界の人たちがやっていることだと思っていたのに、今、こんなところにいる自分に正直驚いています。なんとなく誇らしい気もしていますが、緊張感は半端ないです。いつもはゆるいスタッフも、なんだか結構マジになって硬くなっているみたいで何となく雰囲気悪いなぁ・・というかおしっこしたくなってきちゃった。


 ぎこちなくストレッチする人、その場でジャンプする人、みんなじっとしていられないようです。中途半端にみんなの緊張感が高まっていたところで所長が、被った手ぬぐいで寝ぐせは隠しながら、緊張感のない口調でなんちゃって演説をぶちはじめました。


「えー、どうも。今日の最大の目標は42.195kmの物語をそれぞれに大いに楽しむことだけです。練習は予想以上にしっかりできたと思っています。制限時間内での完走をだけを考えれば必要最小限のことはできたはずです。制限時間は7時間なので、無理せずにゆっくり走り続ければ、あきらめずにゴールを目指して動き続ければ必ず全員が完走できますよ。ただし、諦めたらその時がゲームオーバーです。」

 何だか自信が湧いてきて落ち着いた気持になると、おしっこも何処かにいってしまいました。

「ただですねぇ、オーバーペースには要注意です、前半はいつもの練習通りのペースで1kmを6.5分くらいで、行けるところまでは集団で一緒に走りましょう。」

「所長もたまにはまともなこと言うじゃん」と、隣でストレッチをしていたタマちゃんさんが呟きました。私もそう思いました。


 思い起こせば仕事始めの翌日、第1回の全体練習会には、仕事だと思って私も仕方なく参加したました。予想外に20名以上もの職員参加があって、所長も驚いておられました。

 定例の練習コースは職場の近くにある千鳥足公園のプロムナードコース、クリニックからの往復と周回コース2周でちょうど10kmになります。

 ドタドタドタ、バタバタバタ、と音をさせて、ハーハー息を切らせながら、おばさんパワー炸裂でしゃべりまくりながら走っていたかと思うと、黙々と歩いたりする怪しい集団だったと思います。とにかく10km動き続けることから始まりました。

 第1回の練習会以降、練習会は勤務終了後、毎週火曜日の夕方に続けられました。仕事が定時に終わらないのは世の定め?で毎回参加メンバーも一定しないし、参加人数もばらばらでしたが、やりくりしながら、『継続は力なり』を信じて皆が努力を続けられたのが不思議な気がします。

 ランニングというと、小中学校の体育の授業や部活のイメージでは「罰として校庭3周してこい!」みたいな感じで、苦痛なものという印象が刷り込まれていました。それが、走ってみると案外気持ちいいんですよね。練習会に参加した他のスタッフさん達からも「ランニングは、やらされるから嫌だったけど自らやるなら存外に楽しいんだね」みたいな声が聞かましたし、私も我が意を得たりと思いました。

 練習を続けているうちに、走れる距離やペースがどんどんバージョンアップしていくのがモロに感じられるようになりました。自分の成長が実感できるって経験は何年ぶりだろう!と嬉しくなって興奮、そんな自分に酔ってもっと練習しちゃうと、さらなる成長が実感できてまた頑張っちゃう・・・そんな雰囲気を作りながら練習会を続けていくことができたのは、もちろん所長さんの力だと思いますが、それだけではなく、むしろそれをサポートする師長さんや事務長さんの尽力があってこそだったんだろうなと思います。というのも、後でわかったことですが、この大会参加は、単なる所長の趣味だけではなくて、スタッフの成長やクリニックの今後の発展を期待したのものだったようなんです。


 そういえば、ある日の練習会で、軽快にリズムよく走る看護師のタマちゃんさんの横に並んで走りながら所長さんが声をかけているのを見かけました。

「玉城さん、ランニングフォームきれいですね」 タマちゃんさんには目を合わさずになぜか所長さんはちょっと照れている感じでした。

「どうも」 タマちゃんさんは、涼しい顔で目を合わさずにそっけなく答えました。ランニングフォームだけですか?って突っ込みをいれるのではないかと思っていたのにスルーした彼女は、タッタッタッタッと走りながら、自分の世界を邪魔されるのが嫌だったのかなと思えました。

「何かスポーツやってたの?陸上部とか・・・」と、所長が会話を続けました。こういうことは結構珍しいことだったんですが、

「いえ、私は無駄なことや疲れることは嫌いなので純粋な帰宅部でした。」と玉城さんは、けんもほろろに答えて会話は終わってしまいました。

 タマちゃんさんに後で聞いたとことなんですが、なんと本当に高校時代は陸上部だったそうです(所長さんスルドイ!)。 元陸上部なんて知れたら余分な期待や役割を押し付けられるんじゃないか、と警戒してその場では反射的にそう答えたとのことです。部活では辛い想い出しかない思っていたのだけど、案外と走るのは嫌いじゃないかもしれない自分を再発見した、黙々と走るのは気持ち良いわ、走った後のビールはまた格別だしね、とも言っておられました。


「完走は『モロチン』じゃなくて『もちろん』大事ですけど・・・ここは笑うところなんだけど」と呟いた所長さん、笑いをとろうとされたのに失笑をかっただけでちょっと可哀そうでした。

「今日は、いろんなお仕事をする人たちとの交流を大事にして、1日を楽しみましょう。ゴールした後には、皆それぞれに一皮むけて成長て再会できたらと思います。だ丈夫です。」

「リラックスできたわ~ まあなるようになるでしょ、なるようにしかならんし」ストレッチを終えたタマちゃんさんは腹を決めたように呟きました。私も同じ気持ちでした。


「ゴールした後にはランナー割引のある入浴施設で汗を流してから、皆で金山に移動して打ち上げの予定です。あとは42.195km走るのみ!」


 5月のゴールデンウィーク明けのある日、気温15℃、湿度30%、風はほとんどない日曜日の朝9:00号砲とともに第1回制服で走ろうマラソンがスタートした。

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