第7話 ただの飲み会
こんな感じで、何度も僕はワンダーねこに助けてもらっていた。
朝定期的に会社に行きたくないと思う時、先輩社員同士の面倒ないざこざに巻き込まれて、なんで僕が間に入らないといけないのだと不満に思う時、お客様のつまらないくせに人をしっかり傷つける冗談をまともに身に受けた時。
そんな時必ず、「ずーん」という音も聞こえるんだけど、その後、ワンダーねこが僕を救ってくれた。
赤いマントと、「たま」と書かれたハチマキと、笑顔のワンダーねこが、僕の心の奥底からすごい音で、すごいスピードで、すごい勢いで、足元から遥か上空まで飛んでいったて、爽やかな砂埃が舞って、星のように散っていくのだ。
ワンダーねこは現れる度に無気力な僕を力で充満させてくれた。こんな話をするとユージなんかは、精神的に大丈夫なのかよ、って本気で僕を心配してくれるんだけど、
「心配どころか本当に僕には役に立っているんだ」僕が本気でそう言うと、ユージはそうだな、疲れてるのは俺の方かもなとつぶやいた。
「でも、その話を聞いてたらこっちまで元気になったよ。俺も辛い時そんな猫が現れたような気になってやる気を出してみる」
とユージはいい感じ方でその話を捉えてくれた。
この話は、もうその年の秋頃の話だ。うちの会社にいる受付の女性は僕より先輩社員なんだけど、短大卒なので大卒の僕より一つ年下だった。
チヤコさんという古風な名前がとても似合う女性で、腰まである黒髪がとても似合っている、でも美人というよりは美少女という表現がとても似合っている、笑うと八重歯がかわいい女の子だった。
僕を含めた、僕らの同期入社の何人かは 1年先輩の同期入社の人と仲が良かったので時々遊びに行ったり、飲みに行ったり、テニスなどをしたりして遊びに行く機会があった。
最初はそんなに仲良くなかったけれど、歳が近いということと、お互いにテニスとサッカーの試合を見るのが好きで、といっても二人ともTV観戦ばかりなんだけど、話があうことから飲み会でもふと気が付くと話をしているので、自然と仲良くなっていった。
それから、二人の共通点としては、二人とも女性の好みが似ていて、飲み会で何度もかなり意気投合していた。
二人ともその時よくテレビに出ていた踊りもうまい女優さんが一押しで、三次元の実在の女性の世界でも、二次元のアニメの女性の世界でも、ややつりめ気味で黒髪のショートカットの女の子が一番いいというのが二人の共通見解だった。
その日は「ハロウィンに仮装して盛り上がる勇気がない人が、こっそりハロウィン前に飲んで盛り上がって楽しむ会」という飲み会で、一つ上の男の先輩であるタカナシ先輩が企画したものだった。
ちなみにその一つ上のタカナシ先輩は僕と同期入社の一番人気の女の子を狙っていて、その女の子とハロウィンを一緒に過ごしたいと思ってこの企画をしたのだが、残念ながらその一番人気の女の子は、夏に知りあった別の会社の人と付き合いだしたこともあり、その飲み会には参加しなかった。
そのタカナシ先輩はその一番人気の女の子が参加しないのと、他の人と付き合いだしたのがショックで、飲み会前にいろいろ今日の企画を考えていたのが、すっかりやる気をなくして、飲み会は何のイベントもないただの飲み会になってしまっていた。
ただの飲み会になってしまっていたので、ついつい喋りやすい人とということで、僕はいつものようにチヤコ先輩と話をしていた。
話が盛り上がってきた頃に、また、いつもの共通の好きな女の子のタイプの話になった。
「絶対女の子はショートカットで黒髪で、一見ちょっとツンとした子が一番だよね」
チヤコ先輩はいつになく、テンション高く、八重歯をのぞかせながらそう言った。
「いやいや、チヤコ先輩は黒髪ロングのくせに、何言ってるんですか」
僕はチヤコ先輩に軽くつっこみを入れた。
僕もチヤコ先輩もお酒を3杯くらい飲んだ後だった。二人ともビールは苦手なのでカクテル系のジュースのようなお酒を、それが一杯目から許されるのは上司のいない飲み会だけなのだけど、3杯くらい飲んでいた。
「ふーん。私もショートにチャレンジしてみるべきかな」とチヤコ先輩はそのきれいな長い黒髪のうち一束を手にしながら言った。
「いや、でもその髪きれいですし、切るのはさすがにもったいないですよね」と僕はその黒髪がチヤコ先輩の手の中でくるくると動くのを見ながら言った。
焼き鳥の安い食べ飲み放題の店だったので、折角だから元を取らないと、と思い、意外とお酒が強いチヤコ先輩はこくこくとお酒を飲んでぱくぱくと焼き鳥を食べていた。
チヤコ先輩は食べっぷりもいいので、かわいい八重歯をのぞかせながら、殆どずっと手には焼き鳥を持って食べ続けていた。これだけ食べてよくあんなにスリムな体型が維持できるなと感心する。
「え?あれ?」チヤコ先輩は僕の髪に対する発言に対して少し照れながら言った。「そんなこと言うの珍しくない?」
僕も少し照れて、そのせいで焦ってこう言った。
「いや、何も先輩をほめたんじゃないですよ」
「ああ、そうだよね」チヤコ先輩は照れて、頬をほんのりと桃色に染めながら、
「なんか今ちょっとだけ意識しちゃった」と言った。
その時、その瞬間、僕はどうやらチヤコ先輩のことが好きになっているらしいことに気付いた。少し好意を持っているかもという感情さえそれまで意識していなかったので僕はひどく驚いた。
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