第21話 旅行です

「いやぁぁぁっ!」

 アナの叫びが耳を通り、頭の中で鳴り響く。流石にこれには同情する。

 エドルは触手チートでアナに捕まっている。蛍光緑けいこうグリーンのその触手は、精神と運動神経の回路を遮断しゃだんさせ、相手の行動を操るものだと言う。

「ゲス野郎」

 大舞がそう言うのも無理はない。今エドルがやっていることは、正しく「ゲス」そのもの。アナの動きを操り、どさくさに紛れて触手でアナの胸を触っている。アナが何も言わないということは、恐らく触手で胸の感覚神経を制限しているからだろう。

 さあ。アナの動きを操り、何をやっているかと言うと、だ。

 俺、大舞、真は大きめのスケートボードに3人固まって乗り、アナにローラースケートを履いたエドルが触手で掴み、更にエドルは俺たちが落ちないように触手で捕まえている。エドルはさっき言った方法でアナに滑走を使わせ、いざ旅行へ。という訳だ。

 何故このような事をわざわざしているのか。エドル曰く、「交通費の削減」らしい。

(……じゃあ、なんのための二百万だったんだ)

 そう思ったが、詳しくは突っ込まない事にした。

 それよりも今は、幽霊屋敷の事だ。

 自分で調べた限り、幽霊屋敷のボスは恐らく「古井哀」で間違いなさそうだ。

 戦争終了後、手記のみを残して消え去った古井。彼と思わしき人物が、幽霊屋敷周辺で度々目撃されているらしい。

「ねえ木下。あんたが言ってる古井って人、何者なの?」

「言ってなかったっけっか」

「私は聞いてない」

 大舞は少しムスッとして俺を睨んだ。

「古井哀はあたし達と同じく、異世界から来た人間だ」

 さっきから景色ばかりを見つめていた真が、ようやっと声を出した。

「てことは、古井ってのも何か能力を持ってるの?」

「ああ。あたし達には太刀打ちできないような能力を、奴は兼ね備えている」

「不死……」

「それて……死なないってこと?」

 大舞は気味が悪いと言った表情で俺を見つめる。

「そう。マギウスさんから聞いた」

「更に奴は、妖刀『月武者』を手にしたという噂がある」

「妖刀?」

 俺のサテナと一緒か。

 ……いや、俺のサテナって、そういう意味じゃないよ?

 真は頷き、話をした。

「月武者はその昔、天から降ってきた月を斬った少年の霊が乗り移った刀だ」

「月が降った!?」

 どういう事だ。宇宙空間にあるはずの月が地球に落ちてきたということか?

「お前達は、この世界に来てから月を見たか?」

 真の問いかけで、俺は納得した。確かに月は見ていない気がする。ならば本当に、月が斬られたというのか? 少年に?

 だが次の瞬間。確信に変わった。

「見えてきた。もうすぐ着くで!」

 そう言ったエドルに目をやる。エドル、アナを通り越した先には、目を疑う光景があった。

「あれがこの町のシンボル」

 真はどこか楽しんでいるような表情。

「本当に……異世界って感じ」

 異世界のの字も知らなかった大舞は、目を丸くしている。

「秋田県、角館かくのだて

 俺たちの世界では武家屋敷が並び、観光地だったこの地は、こちらの世界でも武家屋敷が並んでいる。ただ一つ、大きな違いがあった。

「別名、『月の町』!」

 真っ二つになった月が地面に落ちている。月武者の話は実話だった。

 俺はいよいよ出てきたファンタジー感に胸を踊らせながら、途中で買ったストーバックスのコーヒーを飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る