6日目

 今日は終業式だ。

 結局メールは来ず、いつも通りの年末が近づいてくる。予想はしていたけど、クリスマスからのイベントが多すぎた。それだけで淡い期待を抱いてしまった自分が悪いんだけど。

 それでも少し悲しい。

「祐介、中山ちゃんから連絡来たの?」

 隣から心配そうに……いや、楽しそうに覗き込む翔太に視線で答える。

「お前どんなメール送ったんだよ」

 無言で携帯を差し出した。

 翔太は何やらふむふむと言いながら携帯を見ている。

「あ」

 僕はメールが来たのかと、慌てて携帯を取り返した。

『ご利用料金 100,000円 振り込んで下さい』

「お前」

「ごめん、ちょっと変なサイト見てたら、こんなの出てきた」

「人の携帯でなに見てんだよ!」

「いや、自分の携帯じゃ見れないじゃん」

「……最悪だ」

 何もかも、最悪だ。

「まあ、でもさ。中山ちゃん、無いじゃん?」

 翔太が胸の前でお椀を作る。

「祐介の対象外じゃないの?」

「……今回は例外」

「あ、やっぱ、好きなんだ」

「ちげえよ!」

 動揺を隠せず立ち上がる。椅子がガタンと倒れた。

 クラスメイトが何事かとこちらを見てくる。

「夫婦喧嘩してるよ」「浮気? 浮気?」「やっぱ2人って、そういう感じなの?」

 あらぬ疑いが生まれているらしい。

 だけど、そんなことどうでも良いくらい、僕のHPは限りなく0に近かった。

「ごめん」

 呟きながら椅子を起こす。何故だか涙が溢れそうになり、僕は溜め息をついた。

 人を好きになるって、こんなにも辛いのか。

「まあ、仕方ないさ。恋愛はギャンブルだぜ」

 彼女持ちが良く言うよ、と心の中で叫ぶ。

「ま、中山ちゃんなんて忘れて、カラオケ行こうぜ」

「そうだな」

 そう言って笑う。

 終業式も終わり、残ってるのは数人の生徒だけだ。ぞろぞろと校門から出ていく黒い塊が、働きありの様に列を作り巣から旅立っていく。

 ただ1人を除いて。

「……おい、あれ」

 僕は窓の外を指差した。

 翔太がゆっくりと振り返る。

「あ。中山ちゃん」

 その声を聞くやいなや、僕は走り出した。

 今度は何事かと教室の全視線が僕に注がれるが、そんなの関係ない。水着を着ながらでも、今なら言える。

 運動部に入っていたら、もっと早く走れるかな、とか、そんな余計なことを考えながら走る。

 走る。

 楽しそうに談笑するカップルや初詣はどうするとか計画している野郎どもを押し退けて。

 走る。

 校門まであと500メートルに差し掛かったとき。

 彼女が顔をあげて、僕を見つめた。

「山中くん」

 彼女の口がそう動いたように見えた。

 その瞬間、僕は気づいてなかった。足元に大きなへこみがあることに。

 地面に顔が近づくにつれ、そういえば校長が校庭に穴があるから気を付けろって言ってたなぁ、と今更な情報が頭を駆け巡った。まあ、1番は格好悪いところ見られたなっていう羞恥心だったけど。

「大丈夫?」

 駆け寄ってくる中山さんの声がする。それと同時に僕は地面に倒れ込んだ。なぜか近くにいないはずの翔太が「あいつ、どこまでもツイてんな」と笑う声が聞こえた。

「……走ってきてくれたの?」

 中山さんの声が頭の上で聞こえた。

「教室から見えて」

 僕は格好悪いところを見られた恥ずかしさとそれを取り繕うとするプライドの狭間に揺れたまま、顔だけ上げた。

 あれ? 目がチカチカしてるんだろうか?

 目の前にピンクと白のストライプが揺れていた。

「……山中くん」

「なに」

「ちょっと、ここでは、そういうのは」

「……え」

 慌てて起き上がる。と、同時に中山さんのスカートがふわりと舞った。

 スローモーションのようにそれはゆっくりと彼女の太ももに覆い被さる。僕は理解した。転んだ以上に、僕はやらかしてしまったと。

 僕はまだ会ったばかりの片想いの女の子のスカートに顔を突っ込んでいたのだと。

「もう、ほんと、ごめん。僕、帰る」

 そう言って起き上がるが、鞄やらなんやらを全て教室に置いてきたことに、ここで気づいた。もう、ほんとに、いろいろやらかしてるな、僕。

「……から大丈夫だよ」

「え?」

「山中くんだから、大丈夫だよ」

 顔を真っ赤にしながら、中山さんが笑いかける。

「他の人だったら殴ってるけど!」

 そう言って猫パンチかと思うような可愛いパンチを1人繰り出す。それから、また笑った。

「走って来てくれたの、すごい嬉しかったし」

 中山さんが細くて白い手を僕に差し出す。

「明日から学校なくて会えないからね、会いに来たの。

 山中くん空いてるなら、明日も会えるかな」

 僕は首が取れるんじゃないかってくらい頷く。それを見て、彼女は笑った。心の底から、可愛かった。

「僕は冬休み中空いてるから」

「でも、あの……名前わからないけど、仲良しの子と遊ぶでしょ?」

「あいつとの予定より、中山さんだから!」

「……なにそれ」

 僕は自分で何を言ってるんだと、顔が赤くなるのを感じながら思った。

「でも、嬉しいよ。ありがとう」

 またね、そう言って中山さんが立ち上がる。また風にスカートが揺れる。見てはいけないものを自分が見ようとしている気がして、目を背けた。

「またね、祐介くん」

 軽快なスキップで彼女が立ち去る。僕は立ち上がり、服についた土を払いおとした。

 不意に彼女が振り返り、小さく手を振る。僕も振り返そうと、肩まで手を挙げる。その時には、もう、彼女の姿は校門の近くの角に消えていた。

「いいね、いいねえ」

 聞き慣れた声が真横から聞こえる。

 至福の時に溺れていた僕は、驚いて振り返った。勢いが余りすぎて、肩と肩がぶつかる。そのまま2人して向かい合わせになる。

 神様のイタズラだろう。

 僕の頬に何か暖かく、少しぬめったものが当たった。

「うぁぁぁぁあぁぁ」

 翔太が電気でも浴びせられたかのように、僕から離れた。何故か赤くなっている。

 僕は静かに鞄を受け取りながら、今のは多分、気のせいだ、と自分に言い聞かせた。

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