4日目

『拝啓 山中くん


 ありがとう!

 じゃあ、今日の朝、待ってるね』


 こんなに目覚めの良い朝はこれから先、一生無いだろう。

 僕はきちんと朝食を食べてから歯を磨いた。いつもと違うことが、この3日間で起きすぎている。

 サンタ様、ありがとう。

「なんか、兄ちゃんさ。最近、テンション高くない? 彼女できた?」

 そんな僕を朝から傷つけるのは彼女しかいない。でも今日はそんな傷、ノーガードで買わせた。

 いや、ちょっと傷ついたけど。

「あかね、お兄ちゃんにそんなこと言わないの。こんな性悪が彼女できるわけないでしょ」

 結構、傷ついた。

「そっか。確かにそうだね! 私だったら絶対、嫌」

 トリプルパンチ。

「……いってきます」

 僕は直らないテンションもそのままに自転車に乗る。気分は立ち漕ぎだ。

「ゆーうーすーけーくーん」

 やけに甲高い声が後ろから聞こえる。嫌な予感がした。

「……翔太。おはよう」

「今日はやけに早いねえ」

「お前もな」

「なんで早いのかなぁ? もしかして、もしかするのかなぁ?」

「……なんでわかったんだよ」

「顔にでやすいんだから、もう」

 聞くところによると、どうやら昨日の僕は帰り道、腑抜けた顔でへらへらと笑っていたらしい。わかりやすすぎるだろ、僕。

 自分を心の底から罵る。

「でもね、俺ちゃんは優しいから邪魔しないよ」

 にやにやしながら、翔太が囁いた。嫌な予感がする。

「待ち合わせ場所まで一緒に行ってあげるよ」

 的中だ。

 待ち合わせ場所に一緒に行き、そのまま送り届ける魂胆なのだ。

「クソ野郎」と心の中で呟く。

「クソ野郎とは何だ、クソ野郎とは」

 おっと。声に出ていたらしい。

「優しい俺様に向かって、なんて口の聞き方だ。もう、これは美織ちゃんに言うしかないな」

 今日のこいつの一人称はコロコロ変わるらしい。ということはテンションが高いのだ。

 そしていつから、こいつは中山さんと仲良くなったんだ! 下の名前で呼ぶなんて!

「いや、別に仲良くなった訳じゃないけど『中山さん』じゃよそよそしいじゃん?」

 また声が漏れていたらしい。

「あ。お姫様がお待ちかねだぞ」

 そう言われて見ると、可憐な少女が僕に手を振っていた。隣の翔太が何故か振り返す。

 彼女は手を降ろし、訝しげな目で翔太を見つめていた。

「なんでいるんだよ、って目だよな、あれ」

 翔太が泣きそうな目でこっちを見る。僕は盛大に頷いた。

「……俺、先に行くよ」

 そう言って彼はしょんぼりとしたまま、自転車を勢いよく漕ぎ、角に消えていった。

「待たせちゃったかな、ごめんね」

 僕は精一杯の平静を保ちながら、中山さんに問いかけた。

「ううん! 全然大丈夫だよ。彼……名前わかんないけど、先に行っちゃったね。いいの?」

「大丈夫、大丈夫。いつもああだから」

 僕はそう言いながら、荷台にクッションをひいた。貧乳でも女子だ。優しくしなきゃいけない。

「わぁ。嬉しい! これで冷たくないね、ありがとう」

 彼女は満面の笑みで、僕の後ろに乗った。

 この時だ。

 僕の心が、ぽろりと転がり落ちたんだ。

「よ、よし。行こうか」

 思い切り、自転車を漕ぐ。重さはあまり感じない。見た通り、細身なんだなあ、と僕は何故かにやけた。

「山中くんはさぁ」

 後ろから鈴の音のような声が聞こえる。僕は振り返れない悔しさを噛み締めながら「なに」と聞いた。

「彼女いないの」

 僕は急ブレーキをしそうになって、慌てて体制を立て直した。後ろでくすくすと笑う声がする。

「答えなくても良いよ! 答え、わかっちゃったから!」

 そう言って彼女は僕の腰に手を回した。

 待て。

 この状況は、あまりにもいかん。

「寒いね」

 さっきまで遠くに聞こえたはずの声が、少し近くなった気がする。

「そう……だね」

 僕は冷たい風のせいで真っ赤になった顔をマフラーに埋めながら、そう答えた。


『拝啓 山中くん


 今日はありがとう!

 また時間があったら、一緒に登校しようね!

 学校は違うけど!(笑)


 素敵な友達ができてよかった~(´・ω・)』

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