3日目

 結局、昨日は向こうから何も連絡が来なかった。

 勿論、こちらからは何も送っていない。男からメールを送るなんて、女々しすぎる。

 みんな、そう思うと思うんだ。僕がビビりなわけじゃない。違う。

「昨日の子、可愛いかったよなぁ」

 翔太は彼女そっちのけで、昨日の子にご執心らしい。こういうクソ野郎がいるから、世界は面白い。

 なぜだか、右だけ頬が腫れているけど、何も聞かないことにする。

「俺、昨日の夜さ、彼女と喧嘩してさあ」

 誰も聞いてないのに、自分から話し出してしまった。仕方ない、聞いてやろう。

 僕はお弁当を取り出し、準備した。

「クリスマスだしさ、デートするじゃん。んで、今日こんな子がいたんだよ、可愛かったんだよって話したらさ。

 『クリスマスに、どうしてそんな話するの! 私のこと嫌いなの』って言うんだよ。

 それとこれとは別問題じゃんか」

「それで、腫れてんの?」

 右頬を指差しながら、聞く。

「めちゃくちゃ叩かれた。左も叩けば良いのに、右だけ叩かれた。後から聞いたら、左利きだから右が叩きやすいんだって言われた」

「こじらせてんなぁ」

 白米を口に含む。うまい。

「もう本当、女って面倒くせえよなぁ。昨日の子、可愛かったなぁ。今日いなかったな」

「ん」

「お前、メールしたの?」

 僕は米を喉に詰まらせそうになってむせた。

「え? なんで僕からメールするの?」

「え。だってお前がアドレス聞いたんだろ。そりゃ『アドレス教えてくれてありがとう。今日は僕ひとりぼっちなんだ。遊ぼうよ』くらい送らないと駄目だろ」

「そ、そういうもんなの」

「そういうもんだろ。女から送らせたら、カッコ悪くね」

 途端に白米が、冷凍した後、解凍をミスった時のような味になった。

「……今、送るわ」

「まじか! 俺に送らせろ」

「嫌だよ!」

 携帯を取り出し、画面を確認する。

 悲しいことに、メールは1通も来ていなかった。

「そういえばさ」

 僕はメールを書き始め、1つの疑問にたどり着く。

「あの子の名前、なんだろう」

 翔太の答えは「自分で聞け」の一択だった。


『拝啓 昨日はじめて会った君へ


 突然のメールごめんね。

 アドレスを貰ったのに、連絡していなかったんだけど、僕は高塚高校3年の山中 祐介といいます。

 君は橘南高校の転入生なの? なんて呼べば良いかな。

 また困ったことがあったら朝なんでも言ってね』


「いや、拝啓ってなんだよ。手紙かよ」

 翔太が苦笑いしながら問いかけた。

「え。拝啓ってつけなきゃいけないだろ」

「お前、俺のメールにはつけてないけど」

「翔太は拝啓とかつけるほどの人じゃないから」

「いや、それ、どういう基準なんだよ」

「翔太は気を使わなくて良いじゃん」

「……お前、たまには嬉しいこと言うよな」

「赤いよ」

「赤くねえよ」

「僕、そっちの気はないよ」

「前言撤回。クソ野郎だ」

「傷つくー」

 僕は笑いながら、送ったメールを読み返した。確かに、『拝啓』は少し堅苦しかったかもしれない。

 どこかからPOPな洋楽が流れ始める。

 僕はそれにのせて鼻唄を歌う。サビに入るかいなかのところで、その歌が僕の携帯から流れていることに気づいた。

「……きた」

「俺、お前が嬉しすぎて気が変になったのかと思った」

「気づいてるなら言えよ!」

 慌てて、メールを確認する。


『拝啓 ゆぅすけくん


 メールぁりがとぅヽ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ノ

 きのぅ、何もなかったから、無視されてるのかと思ったょ

 ぁたしゎ、中山 美織ってぃぃます!

 きのぅから橘南高校に転入してきたょ!

 ょろしくね(*´∀`*)』


「悲報だ、翔太」

「なんだよ」

「小文字族だ」

「そりゃないわ。あの見かけで小文字族は駄目だろ」

「僕の苦手属性その1と2を網羅している」

「2は置いといて、1は何だよ」

 僕は胸の前で手をお椀にする。

「最低なクソ野郎だ」

 称号が『最低なクソ野郎』にレベルアップした。

「とりあえず、返信しなきゃな」


『拝啓 中山さん


 やっぱり転入生だったんだねー

 また会えたら話しかけてね』


「お前、ほんと、貧乳には冷たいよな」

「いや、小文字族に冷たいだけだ」

「そういうの偏見って言うんだぞ」

 僕は空になった弁当箱の端をつつく。僕だった偏見されるのだ。こいつといるだけで、チャラいと思われ、女子から一目おかれる。悪い意味で。

「あー。Fがいい」

「マキシマムザホルモン?」

「それもいい」

「あほか」

 またPOPな洋楽が流れ始めた。次からはサイレントモードにしよう。


『拝啓 山中くん


 ごめんね。さっきのは私じゃなくて、なんかからかってきた女子に携帯とられて打たれたの。

 抹消していいから、あのメール。ほんと気持ち悪い。私、小文字使うギャルが一番嫌いなのに、なんで編入早々、こんなやつに絡まれなきゃいけないのか、ほんとわからなさすぎて辛い。

 昨日はありがとね。

 また何かあったら助けてね(´・ω・)』


「翔太」

「なんだよ、いちいち報告しなくていいよ」

「進化した」

「は?」

「中山さん、小文字族じゃなかった」

「どういうこと?」

 僕は翔太にメールを順番に見せる。

「……これは」

 眉を寄せて、囁く。

「似た者同士じゃねえか」

 それから、笑った。


『拝啓 中山さん


 転入早々、大変だね

 また朝会えたとき話聞くよ!

 メールで愚痴ってくれても良いしさ


 そうだ、明日の朝、この間会ったところ来てくれれば、また自転車乗せるよ!

 そっちの方が楽じゃない?』

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