2 賢すぎるよ! す~ぱ~こんしぇる及び逐電士、それらの正体
吹き続ける強風に服や髪を押さえながら、人々は紫色の褪せつつある上空を見上げた。寺島先生も、サナギもアルティアも、恐らくはルキを除く全ての人間が、果てしなく遠い空に眼を向けた。
それらの数はすぐに判った。空に浮かぶ三つの点。
その三つは文字通り空中に浮かんでいたのだが、まだ距離がありすぎて正体までは判らない。
「なんだあれは」
「人間のようにも見えるが、さて」
「こっちに近づいてくるぞ」
口々に言い合う人々。そのざわめきに比例するように、次第に大きくなる三つの影。
これほどまでにシュールな光景を、俺はこの十七年の生涯で見たことがあっただろうか。
いや、ない。ない。あるわけがない。
翼を持った赤褐色の化け物が二匹、右と左に分かれて飛行している。これだけでも充分シュールだが、この二匹は両腕いっぱいに大きな袋を抱えた人間を、それぞれ一人ずつ抱えていた。
……青汰と、
……紺画だった。
どういうことだ?
俺は何を見てるんだ?
迫り来る危機の連続に、少々感覚器官がやられてしまったのか?
そして、その二人を
栗色の長い髪。自信に満ちた眉。不敵を超越した、不遜な微笑。
あ……。
あね……。
……姉貴。
「あれ……追一の、お姉さんじゃない?」
サナギが呟く。
『お前の姉貴? あれが? マジで? やべーよマジやべーよあれ』
俺は
ムチャクチャだ。何もかも。何もかも狂ってやがる。
まっすぐここまで飛んできた三人は、着陸に備え速度を落としていく。
「おお、式神! 式神ではないか!」
陰陽師風の男たちが口々に叫び手を上げる。
別の一団も異国語で何か喋っている。それを聞いたアルティアが表情を明るくして、
「おおう、ではあの女性が履いている翼の生えたサンダルが、ヘルメスの宝物なのか。なんと神々しい、偉大なる細工物。ワチキの加速装置など足許にも及ばない」
「え、エルメスのサンダル?」
サナギの天然っぽい問いかけにも、アルティアは真顔のまま、
「さすが狩魔。無意識
地表まであと数十センチというところで、持っていた人間をパッと手放した謎の生き物……式神たちは、哀れ着地に失敗した俺の同級生を無視して、姉貴の降臨するであろう位置に大人しくかしずいた。
「へーギャラリー多いねー。もう始まっちゃってんの?」
昔よく聞いた歯切れのいい声で、早速姉貴は口を切った。久しぶりに見る姉貴は、見たこともない服飾品やアクセサリーを手当たり次第に着込み、一見民族衣装のようだが、よくよく見るとその服装には統一感というものがまるでがなかった。
「なんだ、あの娘は」
「あの容姿、どこかで見たような……いや、まさかな」
「それにしても、この全身を震わせる凄まじい霊気……」
「あの袋じゃないか?」
「いかん、気分が悪くなってきた」
更なるざわつきが生じる。多くの人々が、青汰と紺画の足許に置かれた巨大な袋を指差していた。
「その袋、まさか」
「あーこれ? ぜーんぶ借り物だよ。ミョルニルとか島のケルトの武器とか、カタリ派の秘宝とか色々」
「か、かか、借りただと!?」
「ふざけるな! あれを略奪と言わずして何を略奪と言おう!」
和洋問わず罵詈雑言が姉貴に浴びせられた。日本語以外は聞き取れないが、一人残らずその顔に浮かべた憤怒の形相と激越な口調で、大意は感じ取れる。
姉貴がどんな手を使って呪物を掻き集めたのか。想像するだに恐ろしい。
「ちょっとーっ、どさくさに紛れてボクのこと〈悪魔〉とか呼んでくれちゃってる人たちがいるね。失礼だなー。それを言うなら〈美の女神さまーっ〉だろー?」
そんな中、どうにか顔だけを上げたルキが、眩しそうに天真爛漫な声の主を見上げている。そして、恐る恐る姉貴に向かって、
「か……賢すぎる、す~ぱ~こんしぇるさん」
……はあ?
「何だって? 賢すぎる、スーパーコンシェル?」
姉貴がか?
「じゃあ、ルキちゃんが最初に会ったのって、追一のお姉さんだったの!?」
俺は脱力が止まらなかった。言われてみれば、賢すぎるだのす~ぱ~だの、いかにも姉貴らしいふざけきったネーミングじゃないか。
「山田の、姉?」アルティアが眼を丸くして、「全然似てない。
むしろ光栄だ。あんなのとは絶対に似たくなかったし。
「ルキルキ久しぶりー元気してた? ……あ! センセが持ってんの、それ八握剣じゃん? どーりで
軽口を叩く姉貴に、寺島先生はさも呆れたように肩を落として、
「すっかり調子が狂っちゃったわ……相変わらず元気そうね、山田さん。もっとも、学生の頃はちゃんと道路を歩いて登校してたはずだけれど」
「いいっしょこれ。マジ気持ちいいんだよねー空飛ぶのって。慣れてくると、後ろ向きでも飛べるようになるんだ」
「おい……姉貴」
いつまでも地べたに座り込んでいるわけにはいかない。俺は立ち上がり、意を決して話しかけた。
「おいっす」
言いたいことがありすぎて、言葉にならない。いや、それでもこれだけは言っておかないと。
「ルキに渡したメモ、あれどういうことだよ! 俺は逐電士なんかじゃねーぞ」
「知ってるよ。だってボクがその逐電士だもん」
「はぁ?」
何を言ってるんだ。姉貴がコンシェルで、その上逐電士でもあるって? なんだそりゃ。
「じゃ、じゃあどうして俺を逐電士にでっち上げたんだ」
「あれ? やっぱメッセージ見てないんだ」やれやれと俺を見下ろす眼が、身震いしそうなほど冷たい。「そんなことだろうと思ったけどさ。ルキルキのときみたく書面で伝えるべきだったかー」
メッセージ……?
「あ、あれか」
始業式の日、樹上で寝ていた俺を起こしたスマホの着信音。ここ数週のうちに届いた姉貴からのメッセージといえば、あれしかない。通知をチラ見したきり、内容もチェックせずそのまま放置しておいたが、そこに何か今回の件に関することが書いてあったと。
「このバカバカ
「いや、だって」
サナギの怒りはもっともだが、今更どうしようもない。状況的にも心情的にも、あそこで通知内容にまで眼を通す可能性は皆無だった。
姉貴は腕組みして、
「逐電士ってさぁ、方々から恨み買ってんじゃん。ボクが逐電士を名乗ると標的にされちゃうっしょ。村雨を元通りにするにはあっちこっち飛び回る必要があるから、あんまそういうゴタゴタに構ってらんないんだよね。血を分けた実の弟にこんな汚れ役押しつけるのは心が痛んだけどさ。あーズキズキする、片腹痛いよイタタタ」
わざとらしい上に、片腹痛いだと意味が全然違う。
「なんて姉だ。要するに実の弟を身代わりにしたわけだろ」
「まーそうとも言うね」
ケロリとした顔で言い切る姉貴。本当骨が折れるよ、こんなのの相手するのは。
「なんで俺なんだ。ほかに適任者いなかったのかよ」
「追一なら逃げ足も速いしさ。それにほら、あのお堂は元々縁結びの祠じゃん。ルキルキのお願いも叶えられて一石二鳥って感じなのだよ」
いや、言ってる意味が全然判らんのだが。
『鈍さに磨きがかかってるな』
お前も判らん。
「あ、あのぉ、追一のお姉さん」
「これで終わりですか、僕らの仕事」
悪友二人の弱々しい声。
「そーだよ。お疲れちゃん」
「や……やっと終わった」
「カツアゲよりキツかった……」
ぐったりした様子でその場に
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