3 世界震駭者ワールド・シェイカー、その正体

「そうだ、おい姉貴。これだけは教えろ」


 本当なら姉貴に詰め寄りたいところだったが、如何せん奴のいる空中へ向かう術はない。怒りを込めて声を飛ばすのが精一杯だった。


「なんで姉貴がこいつらと一緒にいるんだ?」

「何日か前事務所に戻ったら、このコたちがうろうろしててさ。見たら事務所の中も荒らされてるし、てっきりこのコたちの仕業かと思って軽ーく痛めつけてやったら、どうも違ったみたいでねー」


 こいつらにそこまでの根性はない。そうする理由もない。


「なんでも、保健室でルキルキの手の症状を知って、少しでもいいから自分たちも力になりたいと思ったんだって。そんならってことで、ボクが荷物運びとして雇ったわけよ」


 ……根性なしってのは撤回したほうがいいかもな。


「まっ実際には見ての通り、式神ちゃんたちのほうがよっぽど役に立ってくれたけどね。追一の友達なだけあって、すぐに音を上げるところとかそっくり」

「やかましいわ」


 どうせ奴隷同然にこき使ったんだろうが。数日とはいえ忌まわしき暴君に使役しえきされる辛さを思い、俺は未だ地面に伸びている二人の悪友に心の中で詫びを入れた。


「さっ、これでお仕事はお終い。お疲れちゃん。元の主の所に帰っていいよー」


 神妙に項垂れる二匹の額を一頻り撫でてから、姉貴は式神たちを解放した。


「おお、式神よ!」

「よくぞ無事で帰ってきた!」


 陰陽師たちの集団に飛んで戻った式神は、ひらりと宙返りして小さな紙切れに身を変じた。

 その様子を冷ややかに眺めていた先生が、髪を掻き上げながら向き直る。


「そんなに大量の呪物を集めて、一体何を企んでるのかしら山田さん?」

「企んでる? 人聞き悪いなぁ、人助けしてんのに」

「あなたが持ち込んだ呪物のせいで、周辺の空間に歪みが生じているわ。このまま放っておいたら、〈禍座〉の存亡に関わることになる」

「あれ、センセひょっとしてクシナイアンの出? そんなら空間の歪みなんてお手のもんでしょ。自分で塞ぎなよ」


 誰に対しても常に強気な姿勢。昔からちっとも変わっちゃいない。姉貴は一向に退く気配を見せなかった。


「ボクはボクの本分を全うしてるだけだもんね。これだけの霊子エーテロンがあれば、ルキルキを村雨の暴走から解放できるしさ。副作用に関しちゃ、ボクの知ったこっちゃないもんねー」

「……少し痛い目を見なきゃ、判らないようね」


 先生が姉貴に刃を向ける。けれども姉貴は動じない。対抗するように右手を翳し、


「でっこぴーん」


 緊張感のない呟きと共に、指を弾く。


「あうっ……!」


 先生は剣を弾かれ、数歩よろめいて尻餅を突いた。

 爪の先から、姉貴は猛烈な勢いで粒子状の霊子エーテロンを放出したのだ。霊感が強いのは知っていたが、そんな芸当どこで憶えたんだよ。


「うちの事務所荒らしたのセンセの仲間っしょ? ぜーんぶカタすのチョー大変だったんだよ。式神ちゃんたちいなかったらまだ終わってなかったかも……ほらほら、そこも動くと危ないよーん」


 鉄球を構えたローブたちを姉貴は目敏めざとく牽制しつつ、


「さーさーお立ち会い、あちらに見えます私立金剛智高等学校体育館」


 夥しい数の光柱。

 その遥か遠方、厳粛に佇む体育館。

 その方向に片手を向け、姉貴は数回デコピンを放った。

 幾条もの光線が明け方の空気を裂いて直進し、やがて体育館のほうへと吸い込まれ……。

 大爆発。

 轟音と共に体育館は炎上した。嘘みたいな破壊音を立てて、体育館はガラガラと崩れ落ちていく。


「な……何してんだよ」


 俺の声は業火と崩壊の奏でる盛大な騒音の合奏に掻き消され、誰の耳にも届かなかっただろう。周りの連中も何やらわめき散らしてはいたようだが、意味を成す言語はついぞ聞こえなかった。

 体育館の残骸が粗方燃え尽きたところで、姉貴はえっへんとわざとらしく咳払いをした。


「武具はないけど、ボクが身につけてる装身具、みーんな呪物なんだから。おかげで霊の類いなんて一匹も寄りつかなくて、わざわざ逐い払う必要もないくらいだもんねー。逐電稼業もチョー楽チンになったし、これからいつもこのカッコで仕事しよっかな」


 無邪気に姉貴は言ったが、もし瓦礫がれきの残り火に顔を照らされていなかったら、そこにいた全員顔を真っ青にしていたことだろう。


「も、もしやこやつが!?」

「世界震駭者か!」

「た、確かに桁外れの霊力だが」


 姉貴はルキににっこりと笑いかけ、


「さってと……ルキルキお待たせー」


 軽い口調でそう言い、八握剣を拾い上げた。そして座ったままのルキにいきなり剣先を突きつける。


「……おい、何してんだ」

「何って、ルキルキのんだよ」

「何!?」


 それって、先生がやろうとしてたことと、どこが違うんだ?


「心配ご無用。こんだけの量の呪物があって、世界中の霊的エリートが結集してんだから、一人ぐらい止痛や再生の秘術とか使えるっしょ」

「使えるっしょって、確証あるのかよ」

「さあ」

「さあって……」


 なんてこった。

 こいつの登場は、結局なんの解決にもなっていないじゃないか。単にカオス度が増しただけで。


「ざけんな! 姉貴てめー」


 喰ってかかるも姉貴は歯牙しがにもかけない様子で、


「しょーがないよ、こればっかりは。ほかに方法ないんだもん」

「ひでーことすんじゃねーよ」

「あれれ? 追一もしかしてルキルキのこと好きなの?」

「アホか。そんなんじゃねーって」

「ふーん、あのお堂マジでご利益あるんだねー。ていうかさ追一……いつ覚醒したん?」

「生憎だが、眼ならとっくに醒めてる」

「じゃなくてさー、追一の中にいるもう一人の


 !!


『……俺か』

「し、知ってるのか!? こいつのこと」

「なーるほどね、村雨が起こしちゃったのかなー。まっ天下の霊刀と名高い〈抜けば玉散る氷の刃〉だもんね。並大抵の霊験じゃないし、眼を醒ましてもおかしくないけど」

「おい、教えろ。教えてくれ、姉貴」

「それ、ワールド・シェイカーだよ」

「なんと!」


 アルティアが思わずバッグを取り落とした。


「それ、ずーっと前から追一の中で寝てたんだよね。ボクはちょびっと感づいてたんだけどさ」

「どういうことだ? なんで姉貴がそんなことを」


 俺と腐れ縁の霊感少女でさえ、こいつに気づいたのはごくごく最近のことなんだぞ。姉貴のその規格外の嗅覚は、サナギの霊感を上回ってるってのか?


「時は十年ちょいと前」姉貴は突然、芝居がかった口上で高らかに語り始めた。「不毛の地であったこの〈禍座〉に、新たなワールド・シェイカー……世界震駭者が出現したのさ。しかしながら、〈禍座〉内外の霊子エーテロンが充分でなかったため、ワールド・シェイカーは肉体を持たない、不完全な霊体として出現せざるをえなかったんだね。このままじゃ世間にその威を示すことなく、霊子エーテロンの塵と消えてしまう。やれ困ったぞと。そこで彼は……彼女かもしんないけど、たまたま近くを通りかかった一人の男の子に取り憑いて、差し当たり消滅の難を逃れることに成功したのだよ。ところがどっこい、なんら霊子エーテロンを有しない平凡極まりないガキンチョと同化した代償に、補給する燃料もなく、彼もしくは彼女は長い眠りに就いてしまうのでありましたとさ。めでたしめでたしどっとはらい……はい講釈お終いーお代は見てのお帰りだよん」

「な……なんだよ今の話。そんな絵空事、信じると思うか?」

「絵空事じゃないよーだ。かなり脚色してるけど真相からはそんな遠くないはずだよん」


 なあおい。本当か? 今の与太話。


『うーん全然憶えてねえ』

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