???――???

???

 所は……壁を埋め尽くす石造りの本棚に囲まれ、くさび形文字のような字体の書類がぎっしりと並べられた、書庫か資料室めいた謎の一室。その一角。


?「村雨の娘を捕らえたそうだな」

??「ああ。凄まじい数の霊子エーテロンを帯びている。聞きしに勝る霊刀だ」

?「見たのか」

??「娘を部屋に運んでいるところを、一瞬だけな。娘も可愛かったぞ」

?「おいおい、工作員以外が人間と関わり合うのはご法度だろう」

??「今回ばかりは例外だ。何しろ地上の人間がクシナイアンの許に運び込まれたのだからな。前代未聞の大椿事ちんじだ。少し見たところで罰など当たるまい」

?「それはそうだが……ほかに武器は所有してなかったのか?」

??「聞いた話じゃ、財布らしき小さな入れ物と、用途不明の平たい金属板を持っていたとか」

?「平たい金属板? なんだそれは」

??「判らん。表も裏も傷だらけで、見つけたときには既に壊れていたらしい。地上で用いる通信機器に似ていたそうだが」

?「ほう。その辺りのことは、どのみち工作員にしか判らんのだろうな」

??「だろうな。俺たち一介の見回りには知りようもないさ」

?「一つはっきりしているのは、このクシナイアンに破滅をもたらす元凶が、その村雨だということ。一刻も早く村雨を無力化させなくては」

??「ただ、そう簡単にはいかないらしい。霊子エーテロン構造の分析に相当手間取ってるようだ」

?「本当か? なんでまたそんな」

??「さてな。さしずめ娘が村雨を手放してくれないのではないか?」

?「何故に」

??「そこまでは知らんよ。その先は解析班の仕事だ……ときにお前、ここで何をしている? ネクロノミコンでも読みに来たのか?」

?「そんな柄じゃない。あれを読んでると頭が痛くなる」

??「俺よりひどいな。俺の場合は眠くなるだけだ。寝つきが悪いときには至極有効だが」

?「もっと読みやすい本を借りにきたのさ。娯楽ものをな」

??「しかしこうも学術書が多いと、小説を探すのが楽でいいな」

?「少なすぎるのも考えものだろう。いくら書き手が速筆でも、読む側の速度には追いつかないからな。すぐに読むものがなくなってしまう」

??「書き手を増やすよう上申しておくか」

?「お前が書いてみたらどうだ?」

??「はは、やってみるか。壮大な神話体系を背景に、恐怖に血も凍るような毒々しいやつを」

?「あはは、いい調子じゃないか」

上官「……お前らこんな所にいたのか」

?「上官、お疲れ様です」

??「どうしたんです、こんな所に。事件ですか」

?「まさか娘が逃げたとか?」

上官「いや、逆だ。今度は男を捕らえた」

?「なんですって?」

??「まさか、ワールド・シェイカーですか?」

上官「いや、ただの人間だそうだ。娘を捕らえるのに使った〈亜空間の罠〉に、そいつも引っかかったのだとか」

?「なんて傍迷惑な。そんな間抜け、捨て置けばいいんですよ」

上官「そうもいかんのだろう。かわやの前の牢にぶち込んであるそうだ。お前たち、じきに見張りの時間だろう? 配置についたらそこの警護も頼む」

??「判りましたけど、その必要ありますかね。〈亜空間の罠〉を通った地上人であれば、一週間は気絶してますよ」

上官「万が一逃げられでもしたら、上官の俺まで処分されるんだぞ。いいから早く持ち場に戻れ。ほかの連中にも伝えないといけないから、俺はもう行く」

?「はっ、かしこまりました!」

??「かしこまりました!」

?「…………」

??「…………」

?「……行ったか」

??「やれやれ。上官とはいえ、あんなの単なる連絡係じゃないか。伝書鳩かよ」

?「地上で使われている通信機器を導入したら、真っ先に馘首くびになる手合いのくせにな」

??「そうだな。仕方ない仕事に戻ろう」

?「結局本借りられなかったな」

??「だな。とはいえ、囚われ人と違って本はどこにも逃げない。暇ができたら借りればいいさ」

?「俺はこんな仕事早く逃げ出したいがね」

??「同感だ」

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