4 祠は縁を結ぶためにある?

「あのぉ、これはなんですか?」


 紺画が尋ねる。手には電子手帳に似た薄い物体が、周辺の光を受け黒光りしている。


「それは音声入力エンジン〈サイモン〉を独自改良したもの。モーメンタリー・トランスレーション・マシーン」

「瞬間……翻訳……?」


 一瞬大きくのけぞり、それから紺画はぐわっと叫んだ。


「瞬間自動翻訳機を! 個人で開発したんですか!? すっげー! じゃあこれ集音マイクだ!」

「おい紺画、テンション上げすぎだって」


 あまりのはしゃぎぶりに、なんと青汰が注意をした。日頃の役割分担が逆転している。見たことないぞこんな光景。


「わ、悪い悪い」

「邪魔すんじゃねーよ、ったく……ルキちゃんお代わりする?」

「い、いえ、もういいです……」

「あ、そうだ。おい、アルちゃん」と、青汰が机を叩いて真正面に座るアルティアを呼んだ。「お前さ、この前のあれ、持ってきてないよな」

「あれとはなんのことだ。それにワチキの呼び方、それで決定なのか?」

「とぼけてんじゃねーよ。あれだって、ほら、保健室で、俺と追一を吹っ飛ばした」

「ああ、あれか。むろん寮に置いてきてある」

「あー良かった」青汰は安堵の溜め息を吐いた。「またあんなの使われたら、命が何個あっても足りねーよ」

「今日は更に強力なやつを持ってきた。当社比出力三割増の上、当然ながら小型軽量化済み。デザインも改良してスタイリッシュな仕上がりに」

「ふざけんなおい! 絶対使うなよ」

「たった数日でそこまでできるんですか? やっぱすごいなぁアルティアさんは。もう人間業じゃないですよ。それ後で試し撃ちさせて下さい」

「了解した」


 二つ返事で頷くアルティア。


「何勝手に進めてんだ」青汰が突き刺すように言った。「俺のいないとこでやれよ」

「そんなことより、この地図は一体なんなんだ?」


 画面を覗き込んで俺が質問すると、アルティアはサングラスを額の上に持ち上げ、地図上のとある箇所を指で押した。圧力を受けた液晶が僅かにたわんで干渉縞モアレを起こす。


「ここに行きたい」

「何かあるんですか? そこに」己が眼鏡をクイッと持ち上げつつ紺画が言う。「レジャー施設はなさそうですけどねぇ」

「犬塚があるはず」


 犬塚。

 ルキが謎の霊刀を手に入れた、例の祠のことか。


「犬塚……ああ、はいはい」


 得心したふうに紺画は顔を上げ、縁結びの祠ですね、と付け加えた。


「縁結び?」


 俺とサナギの声が重なる。


『だからさ、俺の声も被ってたっつーの』


 いちいち突っかかるなよ。


「そこで願かけすると、好きな人と一緒になれるという逸話があるんだよ。まあ僕に言わせれば、七不思議と同じく全くの迷信だけどね。にしても、そんな所に行きたいだなんて、アルティアさん意外とロマンチストなんですねぇ」

「行こう、そこ行こう! 縁結び!」


 興奮気味にまくし立て、青汰は椅子から腰を浮かした。


「もう出るのか」

「当たり前だろ、善は急げだ。さっ、早く縁結びに行こうぜ! 縁結び!」

「何よそれ……」


 サナギが呆れて諸手を挙げたが、アイスの容器を潰さんばかりにテーブルを叩きながら縁結びを連呼し続ける全自動マシーンと化した青汰には、なんの抑止力にもならないようだった。

 その隣席で、なんとも困った様子でかしこまる少女の俯いた顔がやけに紅潮しているようにも見えたが、それは単なる気のせいなのかもしれなかった。

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