3 マッドガールの霊子(エーテロン)講釈

「なんだったんだ、ありゃあ」


 真っ先に入ったアイスクリーム・ショップで、フライング気味に口の周りを商品で白く染めた青汰は不服そうに言って木の椅子を軋ませた。休日ということもあり、平日に授業を抜け出して涼みに来た頃と比べると人出も結構増えている。


「狩魔の知り合いっぽかったよな」

「知り合いじゃないよ」

「お前変わった知り合い多そうだもんな」

「どういう意味?」

「おい追一、もっと机の近くに寄れよ。アイス零すぞ」

「いや、俺はいいんだ、ここで」


 円形のテーブルには俺を含む男女が互い違いに座っていたが、俺は椅子を後ろに引いてテーブルから少し離れていた。でないと対座するルキの間合いに入ってしまうからだ。


「アルティアさん、何か?」


 完全に取り巻き状態の紺画が、町に来てからずっと手許のサングラスをいじっているアルティアに声をかけた。


「さっき計測した霊子記録を見ているのだが……タイプC。村雨とも異なる質の霊子エーテロン。一体何に反応したのだろうな」

「あの二人組じゃないの?」

「いいや違う。二人の霊子エーテロンは別に記録されている。アラームで報せるほど法外な値でもない。あの近辺に、霊場や結界の類などなかったはずだが」

「まあまあ、難しい話は置いといて」


 遮るように青汰は言った。こんな性格のおかげで話がややこしくならずに済むのだから、適当であることも決して悪いことばかりではない。


「みんなアイス喰おうぜ。無駄口叩いてると溶けちまうって。どう、ルキちゃん、それ美味しい?」

「は、はい……」

「片手で食べるの大変じゃない? 俺がアーンしてあげよっか」

「いえいえいえ、いいです。もう慣れたので」

「そう? 残念だなあ。とにかくじゃんじゃん喰ってよ! 金は全部俺が出すからさ」

「え、それは困ります……です」

おごってもらいなよ、ルキちゃん。じゃああたしもアイス追加しよっかなー」

「お前は自分で払えや。ていうか追一に頼めよ」

「なんで俺が」

『甲斐性のカケラもねーなお前は』


 そんなたわいない会話――不愉快な独り言も少々混じっていたが――をよそに、いつの間にか小型のラップトップパソコンを机上に乗せて、アルティアは慣れた手つきでキーを叩いていた。喰い入るように画面に見入る紺画。


「まさか、これって……〈マンダラ・ネットワーク〉じゃないですか!? 半年前に学会で発表されて反響を呼んだ、数万単位のネットワークを介して電脳曼荼羅マンダラを築くという」

「違うよく見ろ。ただの地図サイト」

「あ、本当だ」


 あの紺画の判断力をここまで鈍らせるとは、やはりこのアルティアという転入生のネームバリュー、尋常じゃない。


「そういえば、アルティアさんって反物質の対消滅作用を利用した、兵器の開発に携わっていたと聞いたんですけど」

「あれはやめた。反物質生成は割に合わない。一個の反水素原子を創り出すより、霊子エーテロンを用いたほうが何百倍も効率的」

「でも、霊子エーテロンの人工的な合成はまだ成功してないんですよね」

「ああ、霊子エーテロンの生成には〈意識〉の存在が不可欠であることは、エーテロン・メカニクス……霊子力学的見地からも明らか。少なくともスパコンが人間の脳神経をシミュレートできるようになるまでは、生成は無理と見ている。といっても、人の力で器物に取り込まれた霊子エーテロンを拝借することは可能で、その器物を探し出す装置も実はここにある」


 装着したサングラスの縁を爪で弾いてアルティアは言った。


「それ、遠くにある霊子エーテロンも判るのか?」


 ふと気になり、尋ねてみた。


「計測可能な領域は、このサングラスが映し出す範囲内に限られる。最高でも数百メートル程度」

「数百って」


 そんなに短いのか?


「それ、おかしくないか? だってお前外国にいて、ここの異変を知ったって言ってただろ」

「それは世界的規模で霊子反応を調査できる、ちゃんとした据置型装置を使ったおかげ。持ち運べるような代物でない。ワチキのこれはデザイン重視。感知精度を下げることで、ここまでの小型化と軽量化に成功したのだ」

「なるほどなるほど、機能性と繊細なデザインの見事なマッチング!」もはや狂信者に近い浮ついた口調で紺画が褒め称える。「素晴らしい発想ですよアルティアさん。追一、僕ら如きの浅薄せんぱくな知識で彼女の広大無辺な深謀遠慮しんぼうえんりょを推し量ろうとするな。彼女の服装を見ればそれくらい一目瞭然だろう。いやいや、かようにも天は二物を与えたもうた」

「まあ、そうかもしれないが……」


 高校生でサングラスかよ、と思いつつも、アルティアのホットパンツとラフなTシャツ姿に、ワンポイントのブラックは悔しいくらいマッチしている。確かに私服のセンスはこの中でも随一だ。その美的感覚を上下ジャージの俺があれこれ言うのは筋違いだろうな。


「アルティア、学校のほうはもう慣れた?」


 サナギの質問に、ああ、と軽く手を挙げて答えるアルティア。


「教科書は全て眼を通しておいた。問題ない」

「眼を通したって、もう憶えちゃったってこと?」


 チッチッチッと西洋風のジェスチャーで紺画が否定する。


「憶えたんじゃなくて、とっくに頭に入ってることなのさ。ですよね?」

「ああ、おかげでいい復習になった。授業中も、本国との教え方の比較検討ができるからさほど退屈でもないしな。難点と言えば、制服の着用が義務づけられていることくらい。画一的で個性に欠ける」

「はぁ」サナギの溜め息が重々しい。「なんか、根本的にあたしたちとは出来が違うみたいね」

「それと、学校の立地条件があまり良くない。陸の孤島みたいな土地。あそこは」

「まあ交通の便が悪いのは確かよね。学校が建つまでは丘全体荒れ野原だったっていうし。現にこうやって遊びに来るだけでもバスが頼りだし」

「あの高校は新設校なのだったな、そういえば」

「うん、十年前にね」


 そうなのか? 知らなかった。


「新しい割には、昔から伝わる七不思議的なのもあるらしいんだけど」


 それも初耳だ。


「トイレの花子さんみたいなやつか」

「そうそれそれ。学校のどこかに秘密の地下室があって、そこに足を踏み入れた生徒は二度と戻ってこないとかね」

「都市伝説の一種か。現代の民俗学的考察としてなかなか興味深いものがある」

『このマッドねーちゃん、ホント守備範囲広いよな。ストライクゾーンっつーかさ』


 お前、自分の名前も知らないのに野球用語は知ってるんだな。


『おうとも。お前は年がら年中振り逃げばっかりだけどな。んで日本刀には振られまくり』


 ……なんて口の悪い都市伝説だよ。


『俺は実在する!』

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