2 男女混合猿田の衛士
「早いな。もう着いたのか」
窓の先を見回しつつアルティアが言う。
「まだよ。ここはただの停留所」
数人の客が新たに乗り込み、再度バスは動き出す。
「アルティアさん。ちょっといいですかね?」
バッグの中身に眼を落としたまま、紺画が久々に声を上げた。
その横では、青汰が懲りもせずに猛アタックを仕掛けている。その度胸だけは認めてやらないでもない。ルキはもう返事もできずに押し黙るばかりだった。
「質問か」
「はぁ、これなんですけど」
そう言って紺画は紺色の平たいケースを取り出した。
「この中から、何かアラーム音みたいなのが聞こえるんですよ」
ケースを受け取り、アルティアは無造作に蓋を開けた。
中には見憶えのあるサングラスが一個。
「それって、前に屋上で着けてた……」
サナギの言葉に、無言で頷くアルティア。
サングラス表面にはカラフルな文字が打ち出され、メーター風の表示も同様に浮かび上がっているが、小さすぎて内容を読むことはできない。着用した際にのみ視認できるようになっているのだろう。
「いつから鳴っていた?」
「ついさっきです。一分ぐらい前ですか」
「村雨の
そそくさとサングラス型の霊子計測器を嵌め、フレームと一体化したスイッチを操作しながら顔を上げたアルティアは、その唇を〈あ〉の形に大きく開け、一瞬遅れて「あ」と声を上げた。
何か奇妙なものでも見つけたか?
視線を追うように頭を巡らせた俺は、通路の真ん中に立っている白装束姿の男女を眼に留めて、思わず「あ?」と声を洩らした。
敵意に満ちた眼差し。両者が手に持つ金属の杖は、尖端に鋭利な刃物が仕込まれていた。
な、なんだこいつら……?
『こないだの奴らの仲間じゃねーか?』
いや、それはない。と思う。里見衆の面々にはサナギがちゃんと話をつけたはずだ。武器の形状もちょっと違うし。いつかの四人組は木刀使いだった。
対するこの二人は……ていうかあの刃物、銃刀法的にはどうなんだろう。
『今更何言ってんだよ。お前にゃそこの日本刀娘が眼に入らねえのか』
あ、そうか。刃渡り的にはルキのほうがずっとヤバそうだ。それに先日アルティアが起こしたあれも、表沙汰にはなってないが相当過激な爆発だったしな。我が同級生サイドにも身に覚えがありすぎる。慣れとは恐ろしいものだ。
「貴様か」
壮年の男のほうが、保健室爆破未遂事件の犯人……アルティアに向かって言った。
「何が」
「貴様が逐電士か?」
「……逐電というのは稲妻を
「その通りだが、質問の答えにはなっていない。貴様が逐電士なのか?」
「…………」
アルティアは黙って俺を指差した。
「ちょっと待て、お前」
「貴様か、逐電士は」
「そう、彼が逐電士」無情にも言い放ち、異国の女子は面を巡らせる。「だろう、暁月?」
漸く異変に気づいた青汰が、口説きモードを解いて眼前の白装束に眼を凝らしている。
自由を得た少女は、左手の上に乗せた右手をきつく握り締めて、
「はいです! 山田さんは、最強の逐電士さんなんです!」
「おい、やめろ」
「山田というのか、貴様」
男のこめかみを這う血管が、ぴくぴくと
「しかと憶えておくぞ。ここで会ったが百年目」
『うーん、こりゃあ相当ムカついてんな』
……みたいだな。かなり恨みを買ってるんだろう、本物の逐電士とかいう御仁は。
悪戯半分にけしかけるアルティアもひどいが、簡単に乗ってくるルキにも少なからず責任はある。
俺はどうにかしろと二人に目配せしたが、アルティアにはすげなく視線を切られ、ルキは逆に大いなる期待で円らな双眸を輝かせていた。ダメだこりゃ。どのみち話なんて通じそうにない。
男が一歩進み出た。
「あなたたち、誰よ」
サナギが座席から立ち上がる。
「名乗る必要などない。娘よ、下がれ」
「逐電士に用があるってことは、あなたたち退魔の一族でしょ」
沈黙が訪れた。味気ないBGMのようなバスの走行音が虚ろに響く中、男は杖の端で床を突いて、
「……何者だ」
「あたしは狩魔サナギ」
「狩魔……追儺士か。さすれば、逐電士を快く思わぬのは俺たちと同じであろう。何故に逐電士と行動を共にする」
「こいつが本当に逐電士なのか、確かめてる最中なのよ。でもこいつ霊感ゼロだし、どうもガセっぽいんだけど」
「確かに」後方にいた女性が俺を見て言った。「霊風を
「本当か?」
男が質す。
「ええ、何か
お前、木偶呼ばわりされてるぞ。
『たまに見つかったと思えばこれだよ』
舌打ちの音まで聞こえてきた。木偶様はえらくご立腹のようだ。
「思い出した。その装束……あなたたち、
「その通りだ。憎き逐電の輩がこの近辺にいると聞いてな。一つ成敗してくれようと足を運んだわけだ」
「まあ断りもなく縄張り荒らされたら、いい気はしないよね」
サナギは、取り敢えず今ここで手を出すのはやめるよう白装束たちに説得を試みた。さしたる抵抗もなく仕込み杖を収める二人。
「だが貴様、安心するのはまだ早いぞ」男は杖を左右に揺さぶりながら、「あくまで保留扱いだということを忘れるな」
「いいや」と割って入るアルティア。「逐電士は彼で正解。そうだろう、暁月」
「はいですっ!」
そのやり取りはもういい。頼むから黙っててくれよ。
「あなたの持っているそれ……」女性がルキの手にした長い布を指し示し、呟いた。「ものすごい量の気を感じるわ。それに引き寄せられたのね、わたし」
「逐電士の気ではなかったか。まあいい、お前も長旅で疲れているのだろう。ここは出直すとしよう」
とは言うものの、これから先は麓町に入るまでバス停は皆無。
白装束の二人は当然のようにサナギの横の二人掛けに並んで座り、俺たち五人は町に着くまでの間、堅苦しい異様な空気に包まれたまま、一切のお喋りを差し控えるしかなかった。
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