第6章 新たなる追手たち
1 次なる追手
俺たちは追い立てられるように店を出て、一路縁結びの祠へと向かうことになった。
繁華街を北に進み、人工物と自然の比率が丁度逆転した辺りにその祠があるというのだが、行ったことがあるのはルキ一人だけ。その存在を知っていた紺画も、正確な場所までは知らなかった。
蝉の鳴き声が遠く近くに聞こえる、うら寂しい路地。人気がなく付近には民家も見当たらない。
先陣を切って進む青汰の後に、サナギとルキ、少し距離を置いて俺が続き、
「ねえねえルキちゃん」
サナギがわざとらしくルキに近づき、肘をその二の腕にぐいぐい押しつけた。
「な、なんですか」
「ルキちゃんて、前に祠に行ったとき、どんな願かけしたの?」
「え、あ、あの、その」
途端にルキの動きが、キレのない操り人形の如き不自然なものになった。
「そこが縁結びの祠ってこと、当然知ってたんだよね」
「その、えっと、あの」
ルキは言葉を濁し続けたが、その不審すぎる挙動が真実を何よりも雄弁に物語っている。
「ねえ、誰との縁結びをお願いしようとしたの? 同じ学年? ひょっとして同じクラス?」
「そ、そんなんじゃないです」
「じゃあ違うクラスだ。誰かなぁ」
「せ、詮索しないでほしいですぅ」
耳まで真っ赤になっているのが、ここからでも見える。何やってんだサナギの奴。
『お前助けてやれよ。あの日本刀娘、さっきからチラチラお前のほう見てるじゃねーか。あれ救難信号じゃねーの』
まあ見られてるのは判るが、別にそんなんじゃないだろ。第一助けようにも、近づいたら文字通り返す刀で……。
『布で巻いてあるんだ、一刀両断にはならねーって……お? 理系男が呼んでるぜ』
あまりに声が小さかったので、俺も危うく聞き逃すところだった。もっと腹の据わった声で呼べよ、と思いつつゆっくり振り向く。
……横並びに歩くアルティアと紺画の表情がおかしい。
明らかに何かを警戒している。
理由は瞭然だった。
二人の後方、十メートルほどの距離を置いて、同じ速度で歩く黒スーツの集団。その人数たるや、優に二十人を超えている。どう考えても休日の散歩ではないだろう。醸し出す雰囲気に緊張の度合いが強すぎる。穏やかならぬ追跡者に気づいた紺画が、それを報せるために声を抑えて俺を呼んだのだ。
即座に姿勢を戻し、前を行く女生徒二人を見る。依然としてじゃれ合いの真っ最中。これでは後ろの異変に気づくはずがない。俺が報せてやらないと。
「おい、サナギ」
「もーう誰なのーっ、まさか先生じゃないよね?」
「ち、違います、です」
ダメだ全然聞いてない。
「おいコラ、サナギッ」
「じゃあやっぱり同級生ね。いい加減白状なさい」
「うう、ダメです……」
こいつら……。
背後に気配を感じ、俺ははっと振り返った。理系コンビがすぐ後ろに迫っている。歩く速度が更に上がっていた。同様に速度を上げた黒服たちに、追いつかれないために。
「人数が多すぎる」耳許でアルティアが口早に
「やっぱり敵なのか?」
「狩魔の出方次第。確証はないが、殺気がバスにいた男女とは比べ物にならない」
アルティアはバッグに手を突っ込み、いつでも中の物を取り出せる状態になっている。
「ア、アルティアさん、僕はどうすれば」
泣き笑いのような顔で、弱気な物言いの紺画。
「一緒にいてもいいし、寮に戻ってもいい。強制はしない。今から自由行動」
「じ、自由行動って、こんなところでですか?」
アルティアが不意に立ち止まる。
つられて俺と紺画も足を止めた。声をかけるまでもなく、前方のサナギはこっちを、いや、もっと後ろにいる集団を睨みつけて立っていた。横には細長い白布を抱えるルキの姿も。
「おーい、早く来いよ。何やってんだ?」
かなり遠くにいた青汰が
「全く……今度は誰に用があるんだか」
サナギの言葉に、アルティアは取り澄ました顔で、
「君だろう、山田」
「俺に振るなよ」
俺たちを追跡していた集団は先頭の数名だけ立ち止まり、残りの連中は瞬時に左右に散った。全員素手だ。武器は持っていないようだが。
「逐電士に用なのだろう? なら、この冴えない坊やがそれだ」
アルティアがいきなり先手を打った。
「待ておい」
しかも冴えないってなんだよ。
『冴えてるのかよ』
うーん。
「や、山田さん、ルキ応援してますです」
「応援ってお前」
『意外と言ってくれるな、あの娘』
そんな不毛なやり取りをしているうちに、逃げ道は怪しさ満点な黒服連中にすっかり塞がれてしまった。
『あーあ、冴えねえなあ』
……同感だ。
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