3ー15.戻らない関係
「陛下! ユーシャ様を迎えに上がった兵が戻ったのですが、その……」
「なんだ、はっきり申せ」
「はっ! ユーシャ様が逃走されました!」
兵士の報告に、リグレットは持っていたペンを落とした。
ユーシャの迎えには、ユーシャたちをリベア国に向かわせたとき同様、アリア国とリベア国をつなぐ転移の門を使った。行き来するのにそう時間はかからない。
「そうか、逃げたか…………げほっ、ごほっ」
雷が落ちることを予想し怯えていた兵士だったが、リグレットは力なくつぶやいただけだった。やがて咳き込み始めたリグレットに、兵士は慌てて薬師を呼びに行く。
「王子様、逃げたそうですな」
「なにを白々しい。貴様ならすでに知っておっただろう」
「ははっ、陛下にはお見通しですな。 ユーシャたちは一人も殺せなかったとか。それでいて帰っても来ないとあれば、勇者対勇者なんて騒ぎ立てることもできない。完全に失策でしたな」
紅ローブの薬師ヴェインの口調は軽かったが、その言葉にはリグレットへの非難がこもっていた。
「貴様の部下もいただろう」
「あぁ、あの子はいいんです。戦闘能力はさして期待していませんでしたからな」
「ならば、なぜわざわざあの男を同行者に選んだ」
「死んでも良かった……いえ、死んで欲しかったからですな。あの子は出来が良すぎて魔王様も毒で殺せそうでして。そんな危険な子、魔導士と一緒で不要でしてな」
ロゼリア教徒の一人、立派な仲間だろうに、ヴェインは大したことでもないように言った。言葉を失うリグレットを気にもせず、ヴェインが調合を始める。
「次はどうしますかな。次の目的地は、恐らくヴァロア国。あそこは教徒がいなくて実に手を出しにくい」
「ユーシャたちも一筋縄ではいかぬようだからな。貴様が直接手を下したらどうだ?」
「気が合いますな。ちょうどやりたいことがありまして。いない間の分、お薬多めに出しましょうかな」
ヴェインが手際よく薬を袋に詰めていく。リグレットは疲れているのか、執務机でうとうとしていた。
その時、急に執務室の扉が開いた。突然の物音に、リグレットが姿勢を正す。
「陛下、謁見希望を言い張る侵入者が!」
「――せ! 離せって言ってんだろうが!!」
兵の報告とともに、騒ぎが遠くから聞こえる。
「取り押さえたようだな」
「はっ! 直ちに牢へ連れて行きます」
「いや、構わぬ。連れて来い」
「陛下……? いえ、かしこまりました!」
遠かった騒ぎが近付いて来る。兵士二人に押さえられながら、青年が連れてこられた。
茶に近い金髪に、緑っぽい青の瞳。育ちは良さそうだが、暴れ回ったせいでその身なりはぐちゃぐちゃだ。
「どうしてアイツが勇者なんだ! アイツのせいで……!!」
うなるように叫ぶも、兵士に口を押さえられる。
「恐れながら陛下、このようにずっと感情的なため時間を割くことはないかと存じ上げます」
兵士が深々と頭を下げる中、ヴェインがリグレットになにかを耳打ちする。
「離してやれ。それと、お前たちは下がるがよい」
「陛下! 危険です!!」
「下がれと言っておる!」
納得のいかない表情のまま兵士たちが退出し、残されたのはリグレットとヴェインと青年のみ。
「お前はあのユーシャが憎いのか?」
「ああ、殺してやりたいくらいに!」
「そうか。ではお前に密命を与えてやろう。悪い話ではないはずだ」
青年はいぶかしげな表情をしたものの、うなずく。ヴェインの笑い声が、執務室に低く響いた。
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「えっと、次はどこに行くんですか?」
「〝ヴァロア国〟だよ。魔封石がある可能性が高いんだ」
「そうですかぁ……それにしても、どうしてこんな道を行くんです? いかにも何か出てきそうじゃないですか!」
ユーシャたちは今、商人や旅人が行き交う大きな道……から逸れた小道を歩いていた。ヴァロアに行くには近道なのだが、辺りに人の姿はない。
それもそのはず。こんなところで荷車を引いていたら、どうぞ襲って下さいと言っているようなものだ。
「大丈夫。何か出てきたってどうせ――」
「命が惜しけりゃ、有り金全部置いて行け!」
まるでタイミングを見計らったように追い剥ぎが現れる。追い剥ぎはアレクが悲鳴を上げるより早く背後に回り込んだディンに締め上げられ、泡を吹いて倒れた。
「ったく、相手見て仕掛けろっつの」
「瞬殺」
「いや、殺してねぇから」
他にも様子をうかがっている者がいる。念のため臨戦体勢をとったものの、敵う相手ではないと悟ったのかその気配は消えた。
「なんだ、つまんねぇの」
「すごいです! ディンさんがいれば怖いものなしです!!」
「むしろディンが怖い」
余裕そうなディンに、アレクとシダーが絡む。そのかたわらで、アルテシアがすっとユーシャに近づいた。
アルテシアはすっかり回復し、顔色も病的な白さではなくなっている。その顔を真剣な表情にして、話し始める。
「アーネストのこと、どう思いますか?」
「どうしたの急に。んー……前よりも王とロゼリア教が許せなくなったかな」
クソ真面目なアーネストのことだ。どんな辛い思いをしても、一人で抱え込むに違いない。自分の娘をそのように悲しませるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
お互いになにがあったかは宿で報告しあった。ディンの話では、あのヘアバンド男はロゼリア教の下っ端かと思いきや重役だったらしい。だが、口を割らずに自決されてしまったとのことだった。
アーネストにあんなものを持たせた人物が判明すればと思ったが、俺の甘さのせいでそれはまだ先になりそうだ。
「いえ、そういうことではなく。貴方、アーネストのこと好きでしょう?」
「ああ。まっすぐで気持ちが良いよね」
「違います。女性としてです」
「え……え? いや、どうしてそうなるかな」
ユーシャは考えていた話との方向性の違いについていけなくなった。
アーネストを好き? 女性として? そんなこと、考えたこともない。
「あー……えー……?」
「なにを本気で悩んでいるのですか。冗談ですよ、冗談」
どう答えれば良いかうなっていたら、アルテシアがニヤニヤ笑っていた。
「冗談って……アーティ、俺の反応見て楽しんでない?」
「さあ、どうでしょう」
依然とニヤついているアルテシアへ、ユーシャは当てつけるようにため息を吐く。
「おい、ユゥで遊ぶならオレも混ぜろよ」
「いやいや、俺で遊ぶっておかしくない?」
後ろを歩いていたディンの手が肩に乗せられる。その手を振り払いながら、ユーシャはふと思う。
アーネストとも、また昔みたいにたわいもない話ができる日が来るだろうか。復讐といえ、自分がアーネストの父親を害しているとしても。
考えたって仕方のないことだ。しかし、それは望みだろうか。そもそもこんなこと考えてしまったのはアルテシアが変なことを言うからだ。
一抹の寂しさを消すように、ユーシャはふざけだしたディンの話に耳をかたむけた。
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