3ー14.価値ある敗北
「ここは……」
「ユーシャ様! 良かった……!」
ゆっくりと、意識が浮上する。
アーネストの目にまず入ったのは、空ではなく天井。そして、心配そうな表情のティミット。
どうやら診療所まで運んできてくれたらしい。身体を起こそうとするが、力が入らない。ティミットに助けてもらい、やっと上体を起こすことができた。
「まだ立つのは止めておいた方がいいッス。魔法使いすぎたんじゃないスか? 外傷はないのに、ひどい顔色だったんスよ」
そう言われて、アーネストは傷の状態を見る。絶対に打撲になったであろう攻撃を受けた腹部が、青あざひとつない。ユーシャが癒してくれたのだ。
やはりあれはユーシャだ。僕のいとこの、ユーシャだ。気を失う前に生まれた考えが、確信に変わる。
「おうじさまは、おきた?」
「ちょっ、まっ、今は入らないで欲しいッス!」
ノックの音とスレイの声が聞こえたと思えば、ティミットの返事も聞かない内にスレイ、デュアルが部屋に入ってくる。
「皆無事で何より……いや、ヴァイスは……?」
問われたティミットが首を振り、隣のベッドを指す。そこにはヴァイスが青白い顔で眠っていた。
ヴァイスとは考えが合わなかったが、生きていれば分かり合える日もくるかもしれなかった。その可能性が絶たれてしまったことに、アーネストは落ち込む。
ふと、さきほどからずっと向けられる視線のほうを見れば、扉を開けてから固まっているデュアルと目が合った。
「おんな……?」
「え?」
つぶやかれた言葉に改めて自分の姿を見る。下はズボンを履いているが上はサラシを巻いただけだった。ティミットが慌てて上着を持ってきて、アーネストに着せる。
「おうじょさま、なの?」
どうごまかせば良いだろう。いや、本当にごまかすべきか。僕はいつまで、僕を偽るつもりだ。
そう考えるアーネストの頭は、不思議とスッキリしていた。
「皆に話したいことがある。見ての通り僕はユーシャ王子ではない」
しっかり話そうとするのに、のどから小さな声しか出ない。皆は次の言葉を待ってくれている。アーネストは言葉を絞り出す。
「我が名はアーネスト・アリア。現アリア国王、リグレットの娘だ」
「スレイは聞いたことないよ」
「ああ、ゆえあって僕を知る者は城内でもほとんどいない。それよりも……今まで騙していてすまなかった」
深く、頭を下げる。スレイとデュアルには短い間ながらも嘘をついていたことが。そしてユーシャの側近として長く仕えてくれたティミットを騙し続けていたことが、心苦しかった。
気を抜けば涙が出そうで必死に堪えていると、そっと手を取られる。ティミットだった。
「ユーシャ様。いえ、アーネスト様。ボク、貴女が女性だって気づいてたッス。ずっと見てたんスから」
「そんな、だが今までなにも……」
「どんな事情があるとしても、ボクは貴女に仕えたかった。それだけのことッス」
責めるような言葉が一つもないことに、申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになる。
「アーネストはこれからどうする? スレイはそっちのほうが聞きたいよ」
「これから、か」
ユーシャの偽物ではなく、アーネストとして僕はどうすべきなのか。どうしたいのか。
「勇者一行を追う。そうすれば、分かる気がするんだ……アリアの過去と未来が」
ユーシャは何を成そうとしているのか、そしてリグレット王は何を企んでいるのか。認めたくなかったが、ユーシャが生きている以上、リグレット王が怪しいことは間違いない。
そして、今アリアに帰還するのは得策ではない、そんな気がする。ならばやるべきことは一つだ。
「アーネスト様が行くなら、どこへでもついていく所存ッス」
「スレイも行くよ。楽しそう」
「ぼくも、いっしょに、いく」
皆は来なくてもいいと言うよりも早くかけられた言葉に、アーネストは感激する。
「皆、すまない」
「謝る必要ないッスよ。自分の意思なんスから」
「……クサいし」
ありがとうと伝えようとしたところに、隣のベッドから声。ヴァイスが目を覚ましていた。
「なっ、呼吸が止まってたはずッスよ……!」
「服毒して死にかけただけだし。死んだフリにしては命がけだったけど、そうでもなきゃ殺されてたし。それよりなにこの流れ、キモいし」
「へえ、じゃあヴァイスはここでお別れッスか」
「……行かないとは言ってないし」
ふてくされた子供のような物言いに思わず笑ってしまうと、ティミットも笑い出す。
「ヴァイスはツンデレ?」
「そんなんじゃないし。あくまで自分のために――」
「キャハハハハッ、素直に仲間に入れて下さいって言えないとかガキ過ぎだろォ!」
スレイとデュアルがヴァイスの枕元に近づき、からかう。これから目的を新たに旅を共にする仲間だ。仲が良いに越したことはないと、アーネストは優しく微笑んだ。
「ごめんねユーシャ。僕はなにも知らずに待つことはできない」
疲労で思うように動かない身体をティミットに心配されながら、アーネストはじゃれ合う三人の輪に入る。
集められてからというものまるで噛み合わなかった一行に初めておとずれる、穏やかな時間だった。
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