3ー13.勝者の余裕

 カランコロンと、 ベルの音を響かせながら宿の戸が開く。


 アルテシアを担いだまま入ってきたディンを、アレクとシダーが出迎えた。始めはニコニコしていたアレクだったが、ディンが血を流しているのを見て一気に顔が青ざめる。



「でっ、ディンさん! 血が! 血がヤバいですっ!!」


「ん? ああ、忘れてたわ」


「いやいやいや、それだけの傷忘れるって鈍感過ぎです!」



 血が流れたままで真っ赤に染まった腹部にアレクが叫ぶが、ディンはなんでもないように笑う。


 そうして抱えていたアルテシアを投げるようにソファーへ下ろすと自分も向かい側にどっかり腰を下ろした。



「チッ、覚えてろよテメェ」



 アレクがディンのそばで騒ぎ立てながら包帯を巻くかたわら、手荒く扱われたアルテシアが恨み言を呟く。アルテシアの顔色は、死人のようだった一時よりもだいぶ良くなっていた。



「ユーシャがまだ」



 ぼーっと突っ立つシダーが言う。


 そのまま時は流れ、ずっと騒いでいたアレクの喚き声が裏返りかすれはじめても、一向にユーシャが来る気配はない。



「実は、言い出せなかったことがある」



 不意にアレク対策に手で耳栓をしていたディンが、目を伏せながら話し出した。



「オレはユーシャのところにも寄っていたんだ。だが、そのときアイツはもう……」


「えっ……う、嘘ですよね! ユーシャさんは帰ってくるんですよね!?」



 アレクの問いにディンは完全に俯き、肩を震わせる。



「ユーシャが失敗した以上、私も助かりませんね」


「そんなっ!」



 苦しそうに話すアルテシアも震えている。


 その時、カランコロンとベルが鳴った。しかし、アレクは気づかずに叫ぶ。



「ユーシャさんの大馬鹿っ! なんで死んじゃうんですかぁあっ!!」


「え、ちょっと、どうして俺殺されてんの?」


「ク、クハッ……」



 背後から聞こえた声に、アレクはぎぎぎっと音が鳴りそうなモーションで振り返る。


 目の前に、ユーシャが立っていた。



「ぎゃぁああっ! で、出たああああ!!」


「いや、死んでないから」


「ユーシャ、いいやつだった」


「だから殺すなって!」



 ユーシャはやっと落ち着いたアレクを呆れた目で、そして笑いすぎて震えているディンとアルテシア、遠くを見て呟くシダーをジト目で見る。



「あのユーシャさんがそんなにボロボロの血まみれになるはずないですっ!!」


「はいはい、苦戦してすみませんね。悪いけど治療は後ね。血を流しすぎてキツい、ちょっと休ませて」



 ユーシャは小瓶をテーブルに出すと、イスに座る。それを見て、アレクとシダーも小瓶を出した。


 緩慢な動きで体勢を直したアルテシアが、小瓶のフタを取る。



「これ、飲まなければいけないのでしょうか?」


「ああ。じゃなきゃ効果はねぇだろうよ。っつーか三本は飲んだだろ」


「あの時は相当キてたのでほとんど記憶にありません」



 そう言ってしげしげと瓶の中の液体を見つめる。



「なんと言いますか……血生臭く感じられますが?」



 眉を寄せながらの言葉に、ユーシャが慌てた様子を見せた。



「アーティ、多分それ以上言っちゃいけない。ディンなら原料察してるだろうけどきっと聞いてはいけないものが――」


「原料? 原料もなにもそれ、魔物の血そのものだぜ?」



 空気が凍る。


 ディンが皆の様子に首を傾げる中、アルテシアに注目が集まった。



「まあ、死ぬよりはマシでしょう」



 アルテシアはそう言って、一気に飲み干した。



「見事」


「ワイルドです……!」


 その男らしい姿に、シダーとアレクが賞賛の眼差しを向ける。ユーシャはアルテシアを心配そうに見つめながら呟いた。



「魔物の血って毒っぽいイメージだけどそんなことないのか……」


「そうだな、毒もあるぜ。っつーかこれで解毒できるってことは飲まされた毒の原料も魔物の臓物とかだろうな」



 再び空気が凍る。


 四人の白い目が、一斉にディンへ向けられた。



「デリカシーどこ?」


「ディンさん、ちょっと幻滅です」


「臓物って……うぇっ」


「あぁ? なんだよその反応。オレは事実を言っただけだぜ? それに世の中には魔物の目玉やら排泄物やらを原料とし――」


「後二つ、さっさと終わらせましょうか」



 アルテシアが薬を飲み干していく。


 その間にも薬に関する余計過ぎる雑学を話そうとするディンをユーシャが止め、シダー、アレクが非難する。


 呆れた口調と、いかにも心外そうな口調ではあったが……皆、笑っていた。

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