3ー12.狂乱

「ああああああああああぁっ!!」


 何かに取り憑かれたようだ、とユーシャは王子の豹変ぶりに驚いた。


 王子の剣からはすっかり迷いが消え、殺意に満ちている。叫びながら人が変わったように攻めてくる王子の攻撃を、かわし、剣でさばき、直撃は避ける。


 ユーシャは先ほど王子が口にした〝父上〟という言葉に揺さぶられていた。リグレットのことをそう呼べる者は、一人しかいない。


 豹変した王子の攻撃は考え事をしながらいなせるほどは甘くなく、かすった剣先が切り傷を作っていく。


 集中してすぐに終わらせようと、次に放たれた突きを弾き上げ、剣を逆手に持ち替えて柄で腹をなぐる。確かに入ったはずの一撃は王子の動きをわずかに止めただけで、王子は弾き上げた剣を振り下ろしてきた。


 剣を持ち直しながら、ユーシャは王子から距離を取る。しかし、王子はすぐにその距離を詰めて攻め続ける。


 王子の様子は異常がすぎる。ここまで怯まないとなると、殺さないように手加減するのは難しい。変わったのはあのペンダントを付けてからだ。あれを壊せばどうにかなるだろうか。



「〝我命ず。風よ、剣と化せ。ウインドソード〟」



 ユーシャは風の短剣をつくり、右手に構えた。左手の剣で王子の突きをはじき、胸元のペンダントへ短剣を投擲すべく狙いをつける。


 しかし、狙いが定まらないうちに王子が次の動きに出る。その左手に、光の槍が現れた。



「無詠唱……!?」



 とっさに顔をそらすユーシャだったが、炸裂した光に視界が奪われる。心臓を庇うように出した左腕を、王子の剣が貫いた。その剣は胸にはギリギリ届いていない。痛みに意識を奪われ、風の剣が消える。



「〝我を癒せ、ヒール〟」



 剣を引きもう一度突きを放とうとする王子から逃れ、ユーシャは左腕を治療する。


 魔法は想像と創造を言葉で結ぶ力。その過程をとばす姿に、異常性を再認識させられた。


 そして、王子の激しい怒りに満ちた表情には、疲労も見てとれる。それなのに攻撃の手を休めない王子は、明らかに無理をしている。いや、させられている。このままでは死ぬまで動いて自滅しそうだ。


 変わる直前、王子は〝逃げて〟と口にした。この王子の先ほどまでの言動を考えれば、それが本心なのは疑うべくもない。


 王子の消耗から、時間にあまり猶予はない。ユーシャは賭けに出る決心をし、剣をおさめた。


 王子が心臓を狙い剣を引く。間違いなく致命傷を与えられるであろう一突きを放とうとしたそのとき、ユーシャが叫ぶ。



「アーネスト、やめてくれ!!」



 剣先が、ブレた。


 吹き出す血。剣はユーシャの左肩口を貫いている。


 ユーシャは風の剣をつくり、ペンダントについた石を砕く。青々と輝いていた石は光を失った。糸が切れたように王子が倒れる。



「なぜ、僕の名を……?」



 問いには答えず、剣を抜いて自分の傷を癒しながら、倒れた拍子に落ちていた小瓶を拾う。


 王子が疲労で動けそうにない様子を確認すると、ユーシャは自分が王子につけた傷も癒やし始めた。


 リグレットのことを〝父上〟と呼べるのは、リグレットの一人娘であるアーネスト・アリアだけだ。


 ユーシャの身代わりは男という先入観と、流石のリグレットも一人娘に過酷な道は歩ませまいと甘く見ていたがために、すぐに気がつけなかった。



「ユーシャ……? まさか、本当に、ユーシャなのか……?」



 アーネストはその母親の命と引き換えに産まれた子だ。母親には毒が盛られていた疑惑があり、リグレットはアーネストまで失うのを恐れて死産を装い、その存在を隠した。


 知っているのは城の一部の者。リガル前王とその重鎮、そして二歳下のいとこの遊び相手になっていたユーシャ・アリアくらいだ。



「待て、待ってくれ……! ユーシャ……!」



 ユーシャはアーネストと目を合わせない。


 どんな命令を受けたのか、誰からあのペンダントを貰ったのか。そこを探れば真の敵に近づけるかもしれない。だが、そこを探るにはアーネストにリグレットの暗躍を語らざるを得ない。


 アーネストはすでに巻き込まれてしまっている。

 だが、このままなにも知らなければ、アリアに帰還しても命までは取られないはずだ。それくらいの情はリグレットにも残っていると、そう思いたい。


 なにも知らなければ、ロゼリア教を壊滅させたところで被害者の一人になれる。なにより今でさえ悩み苦しんでいる、まっすぐで世間知らずないとこに、これ以上苦難の材料を与えたくなかった。



「ごめんねアーネスト。もう、止まれないんだ」



 アーネストがユーシャへ手を伸ばすが、その途中でぱたりと力なく落ちる。


 気を失ったアーネストにユーシャも手を伸ばしかけるが、その手を下ろし、背を向けて歩き出した。






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