3ー11.殺意
魔物の侵攻により破壊され更地になった工事現場の中で、王子は空を見上げていた。
「ユーシャ・アシュレイ、やつは一体……」
アシュレイ家と言えば、前王妃の実家であり由緒正しい名家だ。魔導士の血の繋がりも濃い。だからといってあれはおかしいとしか王子には思えなかった。
彼はリガル前王に、そしてユーシャに似ていた。いや、似過ぎていた。あの男はまるでユーシャが生きていたらこう育っていただろうという姿そのものだった。
「やっと追いつきましたよ、王子様。どこまで逃げてるんですか」
ユーシャが更地に足を踏み入れる。声をかけられるまで気がつかなかったことに驚きつつも、王子は細身の剣を抜きその切っ先をユーシャへ向けた。
「貴殿は何者だ。なぜそんなにもユーシャ・アリアに似て……僕に似ていると言われたことはないか?」
思わず口から飛び出た問い。これでは自分が偽物と匂わせているようなものだ。王子はとっさに言いかえるが、とてもごまかし切れてはいない。
「リガル様に似ているとはよく言わますね。この容姿を売りにして傭兵稼業をしていたくらいですから」
「傭兵? アシュレイ家には守護する土地があるだろう」
「私はアシュレイ家の遠縁です。魔法の才能を見出されて本家に養子入りしましたが、修行のために魔導士ギルドの依頼で経験を積んでいました」
「その容姿で遠縁……? いや、探り合いはやめよう」
ユーシャは死んでいる。どんなにこの男にその面影があろうと、その事実が動くことはない。
王は勇者一行を殺せと言った。ならばもはや言葉は不要だと、王子は剣を構える。
相手も剣を抜いていた。刀身の長い剣をゆうゆうと下段に構えるその様子は、とてもじゃないがやる気のあるようには見えない。
「せぁっ!」
相手が油断しているのなら付け込むだけだと、王子は一気に駆けて間合いを詰め、突きを放つ。それは直前に身をひるがえしてかわされた。ユーシャの動きは一見適当そうな構えなのに軽く迷いのないものだった。
王子は驚くも、動揺を消してすぐに次の攻撃へ移る。二度、三度と次々放っていく突き。だが、軽々とかわされて当たらない。剣ではじく素振りも見せない相手の余裕に、王子は苛立った。
もう一度連撃を決めようと構えたそのとき、ユーシャが動いた。スッと間合いを詰め、振り上げられた長剣を王子はとっさに剣腹で受け流そうとした。正面から受け止めることは避けられたものの、流しきれなかった衝撃に手が痺れる。
その隙を逃さず、再度振られた剣。避けられない一撃を反射的に受け止めるも、腕が悲鳴を上げた。衝撃を逃がし、体勢を立て直すべく背後に跳ぶ。
追撃はなかった。
「やる気、あります?」
代わりに、突然投げかけられた問い。質問の意図がわからず、王子は目をまたたかせた。
「質問を変えます。俺を殺す気があるのか、と聞いているのです」
「なっ、何を……」
「貴方の剣には迷いが見えますから」
王子は言い返せない。自分の攻撃は当たらず、相手の攻撃は受けるしかできない理由がそこにある。
「もし貴方もリグレット王に疑念を抱いているなら、戦う必要はありません。薬を渡して頂けませんか?」
諭すようなユーシャの言葉に、王子の剣を持つ手が震えた。迷いを突かれた動揺によるものか、王を否定された怒りによるものか。はたまた、その両方か。
黙り込んでいた王子は、剣を鞘に納める。
降伏するかのような行動だったが、その目からまだ闘志は消えていなかった。
「僕は……僕は、退く訳にはいかないんだっ! 〝我が命に応えろ。光よ。槍と化せ、シャインランス!!〟」
輝く槍を手に、王子はユーシャへ突進する。相手はため息を吐き納刀すると、燃える斧を出した。
突撃する槍の切っ先に向けて、斧の刃が振り下ろされる。王子は槍を引き、旋回。背後をとって突きを放つが、しゃがんで避けられた。姿勢を低くした状態から振り上げられた斧を、すんでのところでかわす。
二つの魔法が激しく光や火の粉を散らしてぶつかり合う中、王子の息が切れ始めた。そして柄を狙われた斧の一撃に、光の槍は消滅する。
「最近のリグレット王がおかしいのは貴方……いや、お前ならわかるだろう? ユーシャ・アリアの偽者の、お前なら」
「なぜ僕を偽者だと……! いや、それ以上にどうしてそれほどまでにリグレット様を否定する!?」
「なにもかもリグレット王に都合が良すぎるからだよ」
炎の斧を消しながら、ユーシャが再度説得を試みる。だが、自分が偽者だと知られていた事実よりも、投げかけられた言葉に王子は錯乱していた。
確かにリガル前王が死ぬ少し前から、リグレットの考えがわからなくなった。五年前にリガルの死で起きる混乱を増徴させないようにユーシャの代わりになれと命じられたのも、今勇者たちを殺せと命じられたのも、王子には真意がはかれていない。
自分はなにに従っているのか。自分の心と真実から目を背けてまで従うべきなのか。頭が割れるような痛みとともに、王子の思いはぐちゃぐちゃになった。
「これ以上っ! 父上に疑念を抱かせないでくれぇっ!」
「父上……? お前、まさか……」
王子は悲鳴のように叫び、袋に入ったペンダントを取り出す。深い青色の石がついたペンダントだった。旅を心配してくれた紅ローブの薬師、ヴェインからもらったものだ。一時的に力を強くしてくれる魔道具らしい。
ユーシャに攻撃が届かないのは迷いがあったからだけでなく、力量差も歴然なのだとわかっている。いくら殺せと言われていても命までは取りたくないなどと、手を抜いて勝てるような相手でもないことも。
わらにもすがる思いでペンダントを首にかけた王子は、すぐにその選択を後悔した。
殺せ、殺せ、殺せ。自分の大切なものを壊す相手を決して許すな。殺せ。
感じたことのない強い殺意が、胸にあふれ出す。
「死ねぇっ! ちがっ……にげ、て……!」
ペンダントの石が青々と輝いている。
王子は剣を抜いた。怒りに染まった顔で放つ突きは、はじめの攻撃よりも数段速かった。
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