3ー10.悪魔
虚ろな目をした少年は、雑草の伸びきった公園で壊れかけたブランコをこぐ。キィキィと耳障りな金属音だけが響いていた空間に、近付いてくる足音。
少年、デュアルはブランコに勢いをつけ、飛び降りた。
「死にぎわの、おねぇちゃんが、ボクの、あいて?」
「その表現が正しいとは限らないかと。それと、私は男ですので、お姉ちゃんなどと呼ばないで頂きたい」
「うん、しってる」
「貴方は私が来ると期待して、こんなに近くにいましたね。弱ってる相手しか倒す自信がありませんか?」
「そんなこと、ないもん」
デュアルがアルテシアを煽るが、アルテシアも負けじと煽り返す。魔法の展開をする様子のないデュアルに、アルテシアはあごへ手を当てた。
「目につく魔物を全て灰にする屈強な魔導師とウワサに聞いていましたが、そうは見えませんね」
デュアルが何を言ってるか分からないという風に首をかしげる。
「そういえば、貴方は〝業火の悪魔〟と呼ばれているそうですが……」
その時、感情を映していなかったデュアルの瞳が、変わった。憤怒、怨念、そして深い哀しみ。激情に彩られた瞳がアルテシアに焦点を結ぶと、杖を構えて高笑う。
「ねぇちゃんが死に際なのは確実だよォ。俺様がここで殺してやるからなァ! キャハハハハッ!!」
デュアルが術を詠唱し、その手に杖を柄にした真紅の斧が握られる。
「なるほど、そういうことでしたか」
納得したようにつぶやくと、アルテシアもまた魔法陣より風の片手剣を取り出した。
「〝燃えろォ〟! 消し炭になれェッ!!」
叫びながらアルテシアへ駆け寄り、斧を横に薙ぐデュアル。
アルテシアは背後に飛び退くも、渦巻く火柱に変化した斧の刃が追撃する。アルテシアを飲み込んだかのように見えた業火は風の剣に切り払われ、消え去った。
「〝吹き飛べ〟」
言下、アルテシアの手から剣が消え、突風が吹く。
なんとか耐えようしたデュアルだったが、その身体は容易く吹き飛ばされる。地面に尻餅をつき悔しそうに顔を歪めるも、その表情はすぐに勝ち誇ったものに変わった。
「〝我、魔導に通ずる者なり。今、力を行使せん。闇よ、鎌と化せェ! ダークシックル!!〟」
デュアルは漆黒の鎌を手に取ると、叫ぶ。
「〝闇で覆い尽くせェッ!〟」
辺り一帯が闇に包まれゆく中、デュアルはにんまりと笑んだ。この闇の中で明かりとなり得るのは光魔法のみ。
しかし、闇魔法が使える者で光魔法に適性があるものなど無に等しい。そして、アルテシアが闇魔法を使えるのはすでに見ている。
デュアルは勝利を確信しつつ、闇の中で動かないアルテミスへ忍び寄った。近づいていくうちに、アルテシアがささやいていることに気がつくが、デュアルには小声過ぎて聞き取れない。
構わずに首を刈ろうと鎌を振り被ったそのとき、デュアルはなにかに足を取られてすっ転んだ。集中が途切れ、闇が晴れていく。
デュアルの足に、アルテシアが持つ水の鞭が絡み付いていた。
「バカなッ! なにも見えなかったはずだろォ!?」
「単に貴方の実力不足ですよ。詠唱の長さといい、操る技量といい、私との差が歴然だと言った方が分かりやすいでしょうか」
「……す、ころ、す、ころすころす殺すッ!!」
余裕の表情で話すアルテミスに、デュアルの瞳が激しい怒りに燃える。
炎の斧を出して足を縛る水の塊を断ち、そのまま斬りかかろうとするデュアル。だが、その両腕を瞬く間に再生した水の鞭が拘束する。
「あきらめたらどうでしょうか。これ以上続けても貴方に勝機は微塵もありませんよ?」
「嘘だッ、嘘だァッ! 俺様より強い魔導師になんて会ったことないのにッ!」
「それはそれは。ずいぶんと狭い世界で生きておられたようで」
鞭を引き千切ろうと暴れるデュアルに、アルテシアは呆れたようにため息を吐いた。
「往生際が悪いですね。分かりました。貴方に正しい闇の使い方を見せて差し上げましょう……〝我願う。闇よ、鎌と化せ。ダークシックル〟」
水の鞭が消え、闇の鎌が現れる。自由になったデュアルがアルテシアへ襲い掛かったが、その攻撃が当たるより早く、辺りが闇に包まれる。
「ちぃッ、どこに隠れてるんだァ!?」
デュアルは半狂乱となって斧を振るも、燃える刃はただ虚しく宙を斬るのみ。その内、息を切らして動きを止めた。
「体力の限界が近いようですね。考えなしに魔法を乱発した、当然の結果かと」
「うるせェ!」
限界が近いことを見計らっていたかのような声が聞こえるが、方向が全く分からない。デュアルは怒鳴り返しながらまた斧を振り回す。そしてまた息切れを起こした時、パッと闇が晴れた。
「終わりにしましょう」
背後から聞こえたそんな言葉に振り向く暇もなく、デュアルの目は眼前の漆黒の刃に釘付けになる。
「俺様が、負けるわけがァアアッ!!」
罪人を裁くギロチンの如く迫ってきたそれに上がる悲鳴。闇の鎌は直撃する寸前に姿を消すも、デュアルは恐怖のあまり意識を失った。
「足音、そして呼吸。術者の気配に神経を向ければ闇などさほどの脅威では……っと、気絶してしまいましたか」
泡を吹いて白目を向くデュアルの服から、アルテシアは小瓶を取り出す。そのままその場から立ち去ろうとしたその時、膝をつくようにしゃがみ込んだ。
「っ、げほっ、クソが……」
アルテシアは小瓶の中身をあおる。ゆらりと立ち上がるも、その足取りはおぼつかない。
平静を装っていたものの、毒にむしばまれた状態での魔法の使用は大分無理をしていた。デュアルが好戦的なために速攻で済んだからこそ、なんとかなったようなものだ。
負けず嫌いな性根で持っていた気力が、緊張の糸とともに切れてしまっていた。数歩も行かないうちに上がらない足が突っ掛かり、地面へ倒れ込む。
どれだけの間そうしていたか。ふと聞こえてきた足音にアルテシアがなんとか顔だけ上げると、見知った顔がそこにいた。
「なに無理してんだよ、バーカ」
「うるさい。さっさと助けて下さい」
「へいへい。言い返す元気があってなによりだ」
ディンはアルテシアを起き上がらせ、持っていた小瓶の薬を飲ませる。回復に時間がかかりそうな様子を見て取ると、肩に担ぎ上げた。
「なぜここに?」
「ああ? 心配だったからに決まってんだろ。お前が死んだらユゥが悲しむ」
「これが心配していた人の運び方でしょうか?」
まるで荷物のように俵担ぎされていることへアルテシアは不満を述べる。ディンは少し考えた後、神妙な面持ちで答えた。
「そうか、女神様はお姫様抱っこをご所望――」
「死ねっ!」
「クハッ、冗談だっつの」
愉快そうに笑うディンに、アルテミスも微かな笑みを浮かべる。そうしてたわいのない話をしながら、二人は公園を後にした。
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