3ー8.のうてんき

 寂れた住宅街から少し外れた場所にある小さな林の木陰で、アリアの兵服を着た青年は弓に矢をつがえた。近づいてきたターゲットを狙い、引き絞った弦から手を放す。


 後少しで直撃するかというそのとき。ターゲットの姿がフッと消え、矢は木に突き刺さった。青年は驚き、辺りを見回す。


 彼の標的は、地べたに転がっていた。



「ううっ、木の根につまづくなんてツイてないです……って矢ぁあ!?」



 ばれていたのかと冷や汗をかいた青年は、ただ運が良かっただけらしい様子に脱力する。



「ここにいるんですね!? 薬を渡して下さい!」



 標的、アレクはどこへ向ける訳でもなく、叫んだ。青年は相手に気付かれない様に林の中を移動しながら返答する。


 

「それは無理な相談ッスね」


「やっぱり、戦わなきゃダメなんですかぁ……」



 表情を暗くするも、アレクは身体強化を唱えて槍を構えた。青年は先程とは違う木の陰で矢をつがえる。



「このティミット・シグルス、ユーシャ様の側近として負けられないッスよ」



 矢はアレクの心臓目掛けて一直線に放たれた。難なく槍で払い落として飛んできた方向へ駆け寄ろうとするアレクだが、すぐに次が飛来する。それを避けながら走りこむも、もうその場所に青年、ティミットはいない。


 すると今度は別の方向から矢が飛んでくる。しゃがみ込んで逃れるも、アレクの口から悔しそうなうなり声が漏れた。



「一方的じゃないですかぁ……ズルいですっ」



 反撃できないもどかしさにグチを言いながら、ティミットに見つからないように身を低くしたまま茂みの中を動くアレク。これで相手も攻撃できまいと思っていたが、その頬をヒュッと矢が掠める。



「無駄ッスよ。目の良さには自信があるんスよね」



 得意げな声はある一方向から聞こえていて、次に飛んできた矢も全く同じ方向からのものだった。



「〝我を守れ、シールド!〟」



 アレクは術を唱えて草むらから飛び出すと、声のした方、矢が飛んでくる方へと駆け出した。


 新たに飛来した矢は当たる前に壁に弾かれたように落ちる。そうして突き進む内に、アレクは遂に木の陰に潜む人影を見つけた。



「見つけましたよ!」



 人影に槍の切っ先を向け、そして、すぐに気が付く。そこにあったのは、枝にかかった兵士の上着と帽子だけだった。



「〝我が手に力を、諸悪を挫く力を与えたまえ。光よ、槍と化せ。シャインランス〟」



 呪文の詠唱。


 アレクが振り返ると同時に、投げられた光の槍によりシールドが高い音を立てて砕け散る。


 想定していなかった魔法での攻撃にアレクはとまどう。それでも危険を感じて身をよじった一瞬の後、その肩に矢が突き刺さった。



「これで終わりッス」



 肩を押さえてうめくアレクへトドメの一撃を放とうと、ティミットは弓を構える。


 鋭く空を切り迫る矢に、アレクはがくりと頭を下げた。矢尻は頭上を掠め、髪の毛先が数本分パラパラと落ちる。



「またまぐれッスか……?」



 うずくまるようにして動かなくなったアレクにティミットは呟くと、もう一度矢を放とうと弦を引く。弦から手を放す直前、アレクが顔を上げた。


 その目はしっかりと木の上に潜んでいたティミットを捉えている。


 自分を見据える赤い瞳に動揺したティミットは、思わず弦から手を離す。緩やかな弧を描いて飛んだ矢は、地面に突き刺さった。



「チッ……しまった」



 自らの誤射に気を取られた隙にアレクの姿が消えている。ティミットは、急いでその場から離れようと弓を背にかけ、木から飛び降りる。


 周囲を警戒しながら歩き、ふと後ろを振り返ったとき。そこには槍を構えつつ間近まで忍び寄るアレクがいた。


 二人の視線が交差する。


 ティミットは目を見開き、アレクもうろたえた様子で、顔を見合わせたままぴたりと止まった。



「うわぁああっ!?」


「ひぃいいいっ!?」



 少しの間の後、お互いに情けない悲鳴をあげて後退。それからアレクは平静を取り戻すと、じりじりとティミットとの間合いを詰めた。


 対するティミットはズボンのポケットに手をかけている。


 何か弓矢以外の武器を隠し持っているのか。警戒しながらアレクが飛びかかろうとする直前、ティミットが先に動いた。



「薬はあげるんで、命だけは勘弁して欲しいッス!」



 ポケットから出した小瓶を差し出しつつの、直角なお辞儀。思いも寄らぬティミットの行動にアレクはビクッと身体を震わせる。



「え、えっと、なんで……?」


「接近戦は滅法苦手なんスよ。見つかった上に接近を許した時点でもう負けは決まったようなもんッス」


「そうなんですかぁ……じゃあ、ありがたくいただきます!」


「あーいやいや、ってはい?」



 感謝されてることに困惑するティミットからアレクは小瓶を受け取ると、会釈し、走り去る。


 無防備な背中を見て、ティミットは弓に手をかける。だがそのとき、アレクが振り返った。



「かくれんぼみたいで楽しかったです!」



 笑顔で手を振ってくるアレクに、曖昧な笑みを浮かべて適当に手を振り返すティミット。いつまでも手を振りながらアレクは離れていき、やがてその姿は見えなくなった。



「なんなんスか、あれ。何もかも見通してんのか、何も考えてないのか…………こっわ……」



 異様なまでの子供っぽさにこぼれた言葉は、風に揺れる葉の音に消えた。


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