3ー7.変な血
ホコリにまみれた、老朽化の進んだボロボロの廃墟。かつての被害で天井は抜けて陽の光が刺さるそこは、もはや屋内と言うべきか怪しい。
そんな場所で男が一人、足のぐらついた木製のイスに腰掛けていた。
床に刺した大剣の柄に両手を添え、あごを乗せていた彼、スレイの目は戸のない入口に現われた姿を捉える。
「スレイはまた会えてうれしいよ、シダー」
まるで旧友に話しかけるような親しげな口調。それに対しシダーは無言のまま二振りの刀を抜くと、右手の太刀で斬りかかる。スレイが転がるようにして逃れ、イスが倒された。
体制を整えたスレイは手に持つ大剣を構え、シダーに向かって走り込み、その勢いのままに振るう。
シダーは左手の小太刀で受け流すと、数歩下がって間合いを取った。しかし、息をつく間も与えぬかのようにスレイが一瞬で距離を詰め、追撃する。
軽々と振り回される大剣から逃れようと飛び退くも避けきれず、シダーのももが浅く切れる。じわりと服に広がる血に、スレイの目の色が変わった。
「スレイは血を見る目はあるつもり。でもシダーの血は分からない、あのときも、今も」
「血?」
「何の色もない変な血。味見すればもっとわかるかな」
「気持ち悪い」
満面の笑みで言われた言葉を、シダーはバッサリと切った。傷ついた様子も見せずに、スレイが動く。
頭上から振り下ろされた大剣を、シダーは脇に滑り込んで避ける。そのまま背後に周り込みがら空きになっていた背を斬り付けるも、振り返りざまに薙ぎ払われた大剣とかち合い、弾かれた。
体制を崩したシダーへスレイが大剣を下段から振り上げる。シダーは二本の刀をクロスさせて受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「またって言った」
「ん?」
「前にも会った?」
力比べの中、シダーが問う。
スレイの馴れ馴れしい態度を気にしてはいたようだ。言葉足らずな問いかけにスレイは眉間にシワを寄せたものの、その意を察した。
「スレイは覚えてるよ、闘技大会でのこと。シダーは忘れた?」
スレイの言葉にシダーは過去を振り返る。
闘技大会といえば、出場したのは勇者一行に加わる理由となったものしかない。だが、当時は楽に全勝できた覚えがあり、スレイのような強者と戦った記憶はなかった。
決勝ですら、相手はなぜか静止していて簡単に倒せたのだから。
「あ」
そこまで思い返して、シダーは気がつく。
赤髪の長髪に血のような色の目、軽々と構えられた大剣。あのときの決勝相手と目の前にいる男が、今更ピタリと重なった。
「スレイはうれしいよ。思い出したね」
口だけを動かしてフッと微笑むと、スレイの剣に込める力が一気に増す。
シダーの刀が弾き上げられ、がら空きになった胴に蹴りを入れられた。吹っ飛んだシダーの身体は壁に当たる。朽ちかけた壁が、嫌な音を立てて壊れた。
「スレイは強いよ。血に見惚れさえしなければ」
天井から落ちてきたホコリが舞う中、シダーはフラリと立ち上がる。壁に強く打った頭からタラリと血が垂れた。
目に入りそうな血を手の甲でぬぐい、刀を構えなおそうとしたそのとき。早くも間合いを詰めていたスレイの大剣が、シダーの眼前で振り下ろされた。
とっさに左手の小太刀で受けるも、中途半端な体勢と大剣による強烈な衝撃が相まって小太刀を落とす。シダーは痺れた左手を右手の太刀に添えて斬りかかろうとした。
だが、それを予測していたスレイが大剣を下から振り上げる。太刀はシダーの手を離れ、壁に突き刺さった。
丸腰になったその首元に大剣がピタリと当てられる。わずかに込められる力、浅く切れる皮膚。首筋をつーっと血が伝う。
「スレイの勝ち」
スレイが微笑む。
しかしシダーはまだ諦めず、自分の服の袖をスレイの鼻先へ押し付けた。予期せぬ行動に反応しきれなかったスレイが服についたホコリを吸い、咳き込む。その隙にシダーは落ちていた小太刀を拾い、スレイに迫った。
ホコリの入った目をしきりにまたたかせながら、大剣を前に構えて盾にし、じりじりと後退るスレイ。その足元でバキッと音が鳴る。
折れてしまった床板に足を取られたスレイがバランスを崩し、守りに隙が生まれた。
すかさずシダーが小太刀の柄で突きを放つ。その一撃はスレイの頬を強かに打った。もう一度突こうとするも、スレイは素早く体勢を立て直してシダーから離れる。
血の混じったつばを吐くスレイの顔は、不愉快そうに歪んでいた。
「マズい、マズいな。マズすぎる。嫌な味だ……嫌なことばかり思い出す……」
太刀を壁から引き抜いて相手の追撃に備えたシダーにはもう目もくれず、スレイはその場から立ち去ろうとする。
「薬」
シダーはよろよろと外へ向かうスレイの前に立ちふさがる。その言葉にスレイは小瓶を取り出して渡し、受け取ったシダーの脇を抜けて廃墟から出て行った。
先程までの激しい攻めとは打って変わって、あっけなく渡された小瓶。スレイの変化に首をかしげながらも、シダーは刀を鞘に納める。
そして手の中の小瓶を改めて見つめると、目的は達したとばかりにうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます