3ー5.ちぐはぐ

「うわっ! 二人ともなにやってんスか!!」


「チッ、命拾いしたなァ」


「スレイも残念」



 アリアの兵士服を着た男に、ヘアバンドを巻いた男。そしてもう一人の人物にユーシャたちは目を見張る。



「ゆ、ユーシャさん! ユーシャさんにめちゃくちゃそっくりな人がっ!!」


「ああ、見れば分かるよ」



 アリアの王族とそれに近い血筋の者は、大体似たような髪色と目の色になる。


 よって力のある魔導士ほど混じりのない金髪碧眼であり、似ている者がいてもそう珍しいことではないはずだった。



「貴殿がユーシャ・アシュレイ殿か。僕はユーシャ・アリア。王命より、貴殿らが盗んだ魔封石を取り返しにきた」



 背はユーシャより少し低く、顔がやや幼いか。頭のてっぺんにはぴょこりとはねた癖っ毛。こちらを見る真っ直ぐな青い目は、ユーシャのそれより明るい色だ。


 そんな違いがあるとはいえ、よくここまで似ている影武者を見つけたものだと驚く。それが、この場にいることにも。



「わざわざ王子様が御足労とはな。病気だったんじゃねぇの?」


「ロゼリア教から身を守るため、叔父上がそういうことにしてくださっていたのだ」



 嘘をつけない性質のようで、そう話す王子の目はあからさまに泳いでいた。


 面倒なことになった。この追手問題を暴力で解決したら話をこじらせてやろうという、リグレット王の思惑を感じる。



「仲間割れしたらダメッスよ!」


「ぼく、わるく、ないもん」


「スレイも悪くない」



 かたわらでデュアルとスレイがアリア兵に怒られていた。怒りに染まっていたデュアルの目が、虚ろなものへと戻っている。



「魔封石を取り返しにきたってことだけど、渡したらアルテシアは返してくれるの?」



 ヘアバンドの男が、気を失った様子のアルテシアを担いでいるのは見えている。ユーシャの問いかけに王子はうなずき、ヘアバンドの男は首を振った。



「ああ、約束しよう」


「はぁ? 何勝手に約束してるし。交換条件がそれだけじゃ足りないし」


「まあまあ。ユーシャ様もヴァイスもケンカしてる場合じゃないスよ!」



 スレイとデュアルといい、あちらの御一行は全くもってまとまりがない。その様子から、全員がロゼリア教徒というわけでもなさそうだと推測できる。


 名の売れた魔導士、領主だとしたらアルテシアがわかるのだが、未だ敵の手の中にいる。そして、アルテシアをさらったのはあの男だろう。



「ヴァイスって言ったか? アンタの要求はなんだよ? メシに毒盛るくらいだし、全員死ねってか」


「ああ。あれで死ねば良かったのに」


「ヴァイス貴様っ、まだ勝手なことを……!」



 ユーシャと同じ考えに至ったディンが問う。その答えに王子がまたつっかかっている。魔封石を渡して済まそうにも、これでは人質とどっちを先に渡すかでまたもめそうだ。


 ディンと目を合わせ、隙を見てアルテシアをうばい返す算段を立てる。



「〝我願う。闇よ、鎌と化せ。ダークシックル〟〝暗闇よ、包め〟」


「チッ、起きて……!? ぐあっ!!」



 その時、急に当たりが闇に包まれ、短い悲鳴が上がった。視界はすぐに晴れ、ユーシャの目の前にはアルテシアがいる。無事な姿に、ユーシャは思わず抱きついた。



「アーティ! 無事でよかった! 考えないようにしたけどあれ死んでるんじゃないかって心配で心配で……!」


「やめてください、気持ち悪い」



 アルテシアに腹をたたかれ、言葉でも殴られ、ユーシャは手を離した。一連の流れにディンが爆笑している。



「さて、これでアンタらと遊ぶ必要がなくなったな」


「アレク、シダー! 逃げるよ!」


「くっ、ティム! シールドを展開して彼らの逃げ道をふさいでくれ!!」


「了解ッス! でも間に合うかどうか……」



 ユーシャたちが走り出し、王子たちが後を追う。だが、少ししてアルテシアの速度が落ち、足が止まった。



「大丈夫? 何かにつまづい…………アーティ……?」



 ユーシャたちも足を止め、アルテシアの元へ集まった。その間にティムと呼ばれたアリア兵の詠唱が終わり、道の先に防壁ができる。ティムやスレイが武器を抜こうとするのを、異様な空気を感じたらしい王子が止めていた。


 アルテシアはうずくまり激しく咳き込む。ひどく、湿った咳だった。口を押さえる手を伝い、ポタポタと零れ落ちる赤い液体。



「時間通りだし」


「ヴァイス貴様っ! 勝手なことをするなとあれほど言ったのに!!」


「王子様、魔封石だけ受け取って逃すつもりだったの読めてたし」


「それは……! 僕は…………」



 王子とヴァイスの会話が遠くに聞こえる。


 元々血色の悪い顔を更に蒼くしたアルテシアは、今にも消えてしまいそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る