3ー2.さらわれた女神

「あー、アーティ? 俺たちのことどう発表されたか、アレクの話では意味わからないから教えて欲しいなぁ……なんて」



 ユーシャは猫なで声で、扉の向こうのアルテシアへ呼びかける。


 足音荒く宿へ戻ってきたかと思えばそのまま割り当てられた部屋へ閉じこもった。そんなアルテシアの顔は、一瞬見えただけでもわかる不機嫌さだった。


 同行した二人に何があったか聞いても、アレクは気がついたらケンカしてたと言うし、シダーもうなずくだけ。


 それならアルテシアはさておき情報確認をと思うが、アレクは僕の名前が掲示板にありました、と興奮気味に話す。知りたいのはそれがどのように載っていたかだというのに。



「これでいいでしょう? 頭を冷やしたいので、どうぞほうっておいて下さい」



 戸の下からシュッと紙が出てくる。アルテシアには珍しく、書き殴ったような字で勇者一行について書かれていた。



「ありがとう、アーティ。落ち着いてからでいいから、俺で良ければ話聞くからね」



 今は何を言っても無駄だろうと、ユーシャは部屋の前を離れる。近くで待っていたディンと目が合い首を横に振れば、仕方ないというように背をたたかれた。


 アルテシアは華奢な見た目に反して気性が激しい。だが、あそこまで荒れるのは久々だった。よほど面白くないことがあったとうかがえる。



「昼飯にしようぜ。アレクがよだれたらして待ってる」


「ははっ、先に食べて良かったのに」



 その言葉通り、食堂ではアレクが目を輝かせてテーブルに並ぶパンとスープを眺めていた。口の端をつたってはすすられるよだれを、シダーが目で追っている。


 ユーシャは宿の者にアーティの分を部屋まで運ぶように頼むと、席に着いた。


 パンは焼きたてなのかまだ熱い。二つに割ると、練り込まれた香草の香りがふわりとした。しょっぱさと甘さのバランスが絶妙だ。


 これはスープも楽しみだと思えば、ディンがしかめっ面でスプーンをくわえているのが目に入る。



「チッ、スープは飲むな」


「えっ! こんなにおいしそうなのになんでですかぁっ!」


「ユゥ、毒だ」


「なっ……俺たちだけか」



 辺りを見回すと、同じスープを飲んでいる人はいても騒ぎにはなっていない。ディンが口をゆすぎに席を離れた。



「俺とディンがいない間に怪しい人は来なかった?」


「調味料」


「そうです! 入れ忘れたからって足しに来た人がいました!!」


「そいつは今どこに?」


「あっ、さっきユーシャさんがアルテシアさんの食事を運ばせた……」



 ユーシャはイスが倒れるのも構わずに席を立ち、部屋へと急ぎ戻る。


 固く閉ざされていたはずの戸は大きく開いており、そこにアルテシアの姿はない。開け放たれた窓から入ってくる風で飛ばされないように、おさえられた手紙が一通。



『漆黒の女神は預かった。返して欲しくば青の魔封石を渡せ。市街跡地、中央公園で待つ。勇者一行より』



 敵の情報、目的、アルテシアの状態。筆跡ひとつからでも得られる情報がないか何度も読み返していると、窓から入ってきたディンに手紙をうばわれた。


 ディンはさらに遅れて扉から来たアレクとシダーにも聞かせるように読み上げる。



「勇者一行? 他にいんのか?」


「アーティのメモによると、討伐専門の勇者一行が組まれたらしいよ」


「クハッ、記念すべき初の討伐対象は俺たちってか……悪い、これは笑えなかったな。窓の下に生えた草が踏まれてたが、一行とか名乗る割には単独犯っぽいぜ」



 ディンの真面目なトーンでの謝罪に、ユーシャは己の顔色の酷さを察した。


 次の目的地ヴァロア国での動きを決めるためにも、自分たちの処遇が発表されてから動こうと数日滞在したのがまちがいだった。敵に居場所をつかませ、つけいる隙を与えてしまった。


 ユーシャの中で後悔ばかりがつのっていく。



「あの、〝漆黒の女神〟ってなんですか……?」


「アーティの異名だよ」


「〝闇夜に溶ける黒衣の君。月明かりに照らされたその横顔、女神の如き。闇よ、どうか君を連れ去ることなかれ。月よ、どうか君を照らし続けたまえ〟ってな」


「なにそれ」


「異名の名付け親がアーティに捧げたポエム。確か、そん時の討伐依頼出した農家のオッサンだったな」



 シダーが小刻みに震える。いつもながら貼りつけたような真顔だが、もしかして笑っているのだろうか。



「ちょっとディン! それ広めるとアーティに怒られるヤツ……!」


「じゃあ、さっさと女神様助けてお説教もらわないとな」


「そうですよ! こんな卑怯なマネをする人は許せないです!」


「同意」


「そう、だね……行こうか」



 指定された場所はリベア国の市街跡地。過去、繁栄のまま土地を開発し広げ過ぎたために、魔物の生息域とぶつかり、大いに荒れた場所だった。


 当時、住民の救出及び魔物の掃討作戦が実施され、リベア国近くを縄張りとする魔物の数は減った。


 しかし、多くの人も亡くなったことから、荒れた市街地はまた魔物の生息域が変わったときのための障害物、過去の土地開発の戒めとして残されている。

 


「何ぼさっとしてんだよ、ユゥ。勇者様相手にビビってんのか?」


「まさか。生意気な後輩に、先輩として格の違いを見せてあげないとね」


「クハッ、数日違いで先輩面とか。発言がすでにちいせぇんだけど」



 アルテシアがたださらわれたなら助ければいい。しかし相手の勇者たちにロゼリア教の息がかかっているなら、すでに殺されていてもおかしくはない。


 ユーシャとアルテシアの仲は、親の交友から始まる長い付き合いだ。可能性を考えるたびに、ユーシャは胸がざわついた。



「生きていると、信じるしかないよな」



 悪い方向にばかり流れてしまう思考を断ち切ろうと、頭を振った。

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