3ー3.もう一人の勇者

「貴様っ! なぜ勝手な行動をしたっ!!」


 廃れた市街の住居跡に、四人の人影がある。


 金髪碧眼のユーシャによく似た青年。アルテシアに絡まれたヘアバンドの青年。アリアの兵士服を着た弓矢を背負う青年。そして、ぐったりと気を失っているアルテシアだ。



「女性に危害を加えるなどそれでも男かヴァイス! それは千歩ゆずって許さないにしても! 誘拐などという卑劣極まりない行為、恥ずかしくないのか!!」


「卑劣だからなに? 流石は王子様、箱入りなだけに潔癖症だし。あとこれ男だし」


「男性!? それはすまなかった! だがいずれにせよその行為は許さない!!」


「ちょっ、ユーシャ様落ち着いて欲しいッス。ヴァイスもユーシャ様になんて口聞くんスか!」



 ヘアバンド男、もといヴァイスは、つっかかってくる相手にひたすら面倒そうな態度を崩さない。


 王子様、ユーシャ様と呼ばれた青年は、自分の言葉が響かないことへ悲しげに眉を下げた。



「彼らとは正々堂々勝負すべきだった」


「ロゼリア教徒で国宝盗んだ重罪人でも? よく言うし」


「人質をとって目的を達したとして、君はヴェイン殿の弟子として胸を張れるのか?」



 王子の真っ直ぐすぎる目に、ヴァイスは思わず顔を逸らす。



「ヴァイスって、あの真紅のローブの怪しい薬師の弟子なんスもんね」


「怪しいは失礼だ。ヴェイン殿は病で顔がただれてしまって隠されているらしい。自分と同じ思いをする者がいないようにと国一番の薬師になった立派な方さ」


「何? そのご立派な薬師様の弟子がこれで残念?」


「そうは言っていないだろう。薬を知る者は毒も知る、僕にない知識を持つ君はすごいよ。ただ、その使い方が僕の考えに反するだけだ」



 予期せぬストレートな褒め言葉に、ヴァイスはさらにたじろぐ。この王子は、あまりにも純粋だった。



「王子様さ。そんなんで相手殺せんの? この攻術士だって本当なら今殺した方がいいし」


「人質として価値があるなら、まだ殺さないほうが良いはずだ。時が来たら、ちゃんとするよ。叔父上の、命令だから……」



 それまでのハキハキした口調はどこへやら、王子が歯切れ悪く答える。そうなるだろうとわかっていて聞いたヴァイスも気まずくなるほど、表情は悲痛だった。



「あーっと……そろそろ勇者一行が来るんじゃないスか? ヴァイス、公園で待機してる二人を見に行って欲しいッス」


「言われなくてもそのつもりだし」



 様子を見ていた兵士の青年より出された助け船。ヴァイスが去り、王子はため息を吐いた。



「気を遣わせたね。ありがとう、ティム」


「いや、そんな。むしろもっと早くに止められなくて申し訳ないばかりッス」


「謝るのは僕のほうだ。ヴァイスの言葉にも理があると分かってはいるのだが、つい……」



 苦々しい笑みを浮かべる彼に、ティムと呼ばれた兵士は心配そうに眉を下げる。王子の困惑は痛々しいほど表情にあらわれていた。


 今まで城に閉じ込もっていた状態から一転。勇者一行討伐に出るよう命じられた現状は、理解に苦しい。



「リグレット様は何考えてんスかね……あの〝みんなの勇者様〟がロゼリア教徒だった、なんて唐突過ぎて信じきれないッスよ」


「そう……だね」


「あっ、も、申し訳ないッス! 王に対して非礼な発言を」



 沈痛な面持ちで同意する王子に、ティムは慌てて詫びる。かける言葉も見つからないまま永遠に続くかと思われた沈黙は、戻ってきたヴァイスに破られる。



「勇者たち、来てたし」


「了解ッス!」



 ティムは向かおうとするが、王子が動かない。



「どうしたんスか?」


「いや、彼はどうするのかと思ってな」


「オレが抱えていく。強い催眠薬使ったからまだ起きないし」


「ヴァイス、もう勝手な判断では動かないでくれよ」


「うるさいし。わかったし」


 改めて注意しながら歩き出す王子を、ヴァイスはアルテシアを担いで追う。担がれてだらりと下がった足が、一瞬ぴくりと動いた。

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