3.交易国リベア

3ー1.地雷

「アルテシアさん、アルテシアさんっ! 僕たちのことが書いてありますよ!!」


「ええ。分かりましたから、そう騒がないでください」



 アレクの声がどんなに大きくとも目立たないのは、それだけ周りも騒々しいからだった。


 ドラゴン討伐後、ユーシャたちは次の目的地である〝交易国リベア〟へと足を進めた。


 アリア国とヴァロア国という大国の間に位置するため、交易が盛んになったこの国は商人や買出しに来た人々の活気に満ちている。


 ユーシャたちはすでに2日ほどこのリベア国に滞在していた。



「ディンさんとユーシャさんもくれば良かったのに」


「アイツらは無駄に目立ちますから、今日も宿屋で大人しく留守番が正解です。ところでシダーはどこへ……」



 買い出しと情報収集に出た三人だったが、テキパキと目的を済ますアルテシアと荷物持ちをするアレクのかたわら、シダーはなんにでも興味を持つ子供のようにふらふらと露店を見ていた。



「ああもう、あそこか。アレク、私が記事を読んでいる間、シダーから目を離さないで下さい」


「了解です!」


「釣られて貴方まで迷子にならないように」


「はい! 任せて欲しいです!」



 返事はいいが、すでに三回ほどはぐれた者のセリフではない。アルテシアは軽く舌打ちしながら、素早く掲示板の記事に目を通した。



〝みんなの勇者、世界の勇者に〟



 そんな見出しで始まる記事は、ユーシャが初の打倒魔王だけを担う勇者として旅出たことが書かれている。アレクが騒いでいたように、ディンを除く三人の名も上がっていた。



「王はロゼリア教の壊滅に期待を寄せている、か。よく言えたものですね」



 ユーシャの記事は大きく一面を飾っていたが、次に並ぶ記事にも勇者という文字があった。距離があり、見出ししか見えない。



「魔物討伐を担う勇者を選出……?」


「ねえ見て! ユーシャ様の記事!!」


「かっこいいよね! 私もお仕事依頼して『あなたの勇者です』って言われてみたかったー!」



 詳しく見ようとしたアルテシアは、後からきた女性たちに押しのけられる。今度はしっかりと舌を打ちながら、顔を隠すように帽子を深く被り直した。


 ユーシャを有名人と言ったが、そんなユーシャと組んで依頼を受けていたアルテシアもそれなりに顔は広まっている。中性的な顔に不似合いな眼帯は、特徴としてわかりやすい。


 人が引いてから読み直そうと様子を見るアルテシアだったが、その前をさらに男が一人割り込んでくる。ヘアバンドに上げられた前髪で目つきの悪さが際立つ、同年代の男だった。



「あれ、このアルテシア・ファルトってあの王殺しのファルト? 親がリガル様殺しておいて、よく勇者一行に加われるし」


「えー。ロイ様のウワサって本当なの? リガル様と親友だったのに、実はロゼリア教徒だったとか」


「リガル様にグレイス妃、ヴァロア国王子まで殺されたのに、ロイ・ファルトだけが生き残ってたのはそうとしか思えないし」



 聞こえてきた話に震える手を、アルテシアはぎゅっと握りしめる。噛んだ唇は、血が出そうなほど力が入っていた。



「証拠がないし、気が狂ってたから釈放されたらしいけど。そんな王殺しの狂人野放しにするなんてあり得ないし」


「……取り消せ」


「は? アンタ何?」


「取り消せっつってんだよこのクソヤロウがっ! そんなに言うならテメェが証拠出してみろよ! 私を納得させろよ! なあ!!」



 アルテシアは抑えきれずに男の胸ぐらを引っつかむ。叫ぶ声は悲鳴じみていた。掲示板を見るための人だかりが、いさかいの見物人へと変わる。



「ねぇ、あれってこの記事の……」


「うそ! じゃあユーシャ様も近くにいるの!?」


「わわっ、何してるんですかアルテシアさんっ!」


「ケンカ?」


「騒がないようにって言ったのアルテシアさんじゃないですかぁっ!」



 シダーが男からアルテシアを引きはがし、アレクはその手を引っ張って逃げ出す。ユーシャに会えるのではと三人を追う者は、人混みに紛れてまいた。



「今のがシダー様? 仲裁するのに眉一つ動かしてなくてクールだったなぁ」


「ああいう淡白そうなの好きね。あたしはさっき声かけてきた人の方がいいなぁ。紹介してくれれば良かったのに」


「えっ、知り合いじゃないの?」


「えっ?」



 アルテシアに胸ぐらを掴まれたヘアバンドの男は、すでに消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る