2ー6.正気を疑う

「あの、陛下。勇者の件ですが……」


「奴らはなにごともなく旅に出た! 盗賊など現れていない! そうだろう!?」


「はっ、確かにそのように処理致しました。しかし……」


「用があるのは貴様ではなく薬師だ! さっさとここへ呼べ!!」



 アリア城の執務室で、王、リグレットの怒鳴り声が響き渡る。


 あの勇者の痣はなんだったのか。多くの兵が抱いた疑問に、リグレットはただあれは偽物だと答える。


 王へしつこく問いただした者が消えたウワサを思い出し、兵士は引き下がった。


 そうして兵士が立ち去ったのち、現れたのは真紅のローブにすっぽりと身を包んだ人間だった。深く被ったローブからは口元しかうかがえないが、体格から男らしいことがわかる。



「これはこれは、ずいぶんと派手にやられたようで。精神安定剤は多めに必要ですかな?」



 壁に空いた穴に応急処置として張られた木の板を指して、それは笑う。


 ローブの中から道具を取り出すと、その場で調合をはじめた。薬のニオイが執務室に広がる。



「どうですかな、今回の勇者様たちは。うわさじゃ今度こそ大活躍だろうとか」



 リグレットは何も答えない。


 そんな反応に男は気を害した様子もなく、低い笑い声を上げながら話を続けた。



「あぁ、リグレット様があまりの頼もしさに震えて失禁した。なんて話も聞きましたな」


「たわむれが過ぎるぞ!!」



 からかうような言葉に、やっとリグレットは口を開いた。



「予に問うよりも、弁明せねばならぬことがあるだろう!」


「なんのことですかな」


「ユーシャが生きておったのだ! 五年前、確かに殺したと貴様らは申したはずだ!!」



 リグレットが激怒しているにも関わらず、男は笑い出す。



「何がおかしい!?」


「リグレット様はだまされただけかと」


「ならばあの手の痣は……!」


「きっとペイントか何かですな」


「ならばなぜあれほど兄上に似ているのだ! 死んだと思っていたからこそ、気にならなかったものを……!」



 そんな言い訳が通用するかと、リグレットは重いため息を吐く。


 ユーシャの願い通り、リグレットはあの日から深く眠れず、目の下に色濃くクマを作っていた。



「やつは貴様らの襲撃に耐えかねたと申した。ユーシャ本人と知らなかったならなぜ、刺客を送り続けた」


「養子といえ、名門アシュレイ家のご子息です。アリアの血を断つためにも、狙わない理由はありませんな」




 男はシラを切り通すつもりだと理解し、リグレットはもう一度大きなため息を吐いて背もたれに寄りかかった。



「次の手は予が決めた。新たな勇者を選抜し、あの勇者たちにぶつける。奴らがロゼリア教徒だったとでも吹き込めば良かろう」


「おや、リグレット様はまだお怒りのご様子でそんな嫌われ者みたいに扱われたら傷つきますな。まぁ、実際嫌われておりますが」



 ローブ男はそう言いながらも気にした様子はなく、くつくつと笑う。



「勇者にはユーシャを据える」


「はて。ユーシャならもう旅立ったはず……リグレット様、気は確かにございますか?」



 ユーシャ・アシュレイの他に、有名なユーシャがもう一人いる。両親の死に心を病んで引きこもっているという、かわいそうな王子様が。


 リガルが死んだ上にユーシャまで死んだとあれば国の未来が危ぶまれる。だから立てられた、替え玉だ。


 ローブ男の声音から、笑いが消える。



「あれには剣も魔法も実戦並みに教えている」 


「それは実戦経験がないってことですな」


「共につける者が殺せれば良い。あれが〝ユーシャ〟である以上、傷つけられただけでも価値がある。仮に死んでも、勇者一行の罪状としてそれ以上はない」


「えげつないですな。リグレット様、気は確かにございますか?」



 王命拒否に国宝泥棒、城破壊。それだけ重ねても国民は何か理由があるのだろうとユーシャの肩を持ちそうなほど、〝みんなの勇者様〟は短期間で人々の心を掴んでいた。


 ユーシャの信憑性を損なわせるには、前王リガルの人気を引き継ぐ〝ユーシャ〟くらいの存在が必要だ。



「まあ、いいでしょう。では王子様のお供を見つくろいます。あっちは五人ですし、部下もつけさせていただきますからな」



 顔をしかめながらリグレットがうなずく。



「そんな顔してると眉間のシワが残りますな。はい、こちらが今日のお薬になります。リグレット様の状態に合わせて調合しましたので、ちゃんと飲んでいただきたいですな」



 ローブの男は机に薬を置くと、執務室の扉を大きく開く。


 薬のニオイがこもっていた空気が、入れ替わった。

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