2ー7.見直す

 僕は、甘い。


 ドラゴンが吐くブレスをシールドがはじく。そんな光景をあお向けになってながめ、アレクは痛いほどに感じていた。実際、えぐられた脇腹も痛い。


 優勢だったはずなのに、一転して不利な状況になってしまった。


 防御魔法を保つために、体力はじわじわとけずられている。もしスタミナ切れを起こしたら、たちまちこんがり焼かれてしまうだろう。


 考えが甘かった。もっと考えてから行動すれば尻尾にやられることはなかった。 


 それに、まだユーシャが現れてドラゴンを倒してくれることを期待してる。ユーシャのほうが落石にのまれて助けを必要としているかもしれないのに。


 正直、浮かれていた。あこがれの疾風の義士様と旅ができるなんて浮かれないほうがおかしい。


 でもそれは今までの仕事みたいに誰かを守るだけでなく、自分から戦わなきゃいけないこともあると、こんな状況になるまでわかっていなかった。


 覚悟を決めよう。


 アレクは解除していた腕力と脚力の強化をもう一度かけて、立ち上がる。脇の痛みを我慢して、槍をしっかりと握った。助走をつけて槍の柄を地面に突き立て、跳ぶ。


 天井に届きそうなくらいの高さまで跳べば、ドラゴンがアレクの姿を見失ってブレスを止めた。ドラゴンの頭に向かって、槍の穂先を下にし、急降下する。



「〝彼の者を守れ、シールド!〟」



 ドラゴンを包み込むようにシールドを展開。そこでようやくドラゴンが宙にいるアレクに気づくが、もう遅い。


 本来なら中のものを守るシールドは、ドラゴンの動きを阻害し、封じ込めた。



「くらぇぇえええっ!!」


「ゴァアアッ!!」



 ぶつかる直前でシールドを外し、落下の勢いをそのままに槍をドラゴンの目に突き刺す。


 確かな手ごたえとともに、血しぶきが上がる。間近で聞こえる咆哮。ドラゴンはアレクを振り落とそうともがく。


 もう少し、もう少し槍が奥まで届けばいいのに、しがみつくのに必死で力が入らない。



「貫け! アレク!!」



 ガクンとドラゴンの身体が揺れ、止まる。視界の端で前脚が吹っ飛んでいった。


 残った力をありったけ込めて槍を深く突き入れると、一際大きい咆哮が上がる。


 ドラゴンの動きが、止まった。


 確かな手応えにホッとしたとたん、力が抜けてドラゴンの頭から落ちる。


 地面に叩きつけられて、一瞬息が詰まった。忘れていた脇腹の傷がジクジクと痛み出す。



「お疲れ様。アレクの評価、ヘタレ君からやればできる子に昇格してあげないとね」


「うぅっ……もっと早く来てくださいよ。ユーシャさん」


「ごめんごめん、俺も石に足潰されて大変だったんだよ。〝彼の者を癒せ、ヒール〟」



 脇がふわっと暖かくなり、痛みが消える。意地悪なユーシャの魔法とは思えない、優しい暖かさだった。



「回復魔法、使えるんですね。ユーシャさん、本当に王子様だったんだ……」


「え、待って。なんでそこで確信する? というか今まで信じてなかったの?」


「僕が信じていたのは、疾風の義士様ですから」



 回復魔法が発現する人は少ない。魔導士の血を濃く保っている一族で稀に現れる、それこそ王家の者などだ。


 ユーシャにとって大したことではないかもしれない。だが、アレクにとってはディンが正しいからユーシャも正しいという盲目的な判断が、しっかりと肉付けられていく要因になる。


 アレクは立ちあがろうとするが、足に力が入らない。魔法を使いすぎたせいで、指一本動かせないほどの疲労感が残っている。



「よし、じゃあ帰ろうか」


「あの……その、おぶってもらえないです?」


「そんなにギリギリ状態とか体力管理下手だなぁ。いいよ、ちょっと待ってね」



 ユーシャはアレクの槍を引っこ抜くと、ドラゴンの死体に剣を刺す。心臓の部分から石を取り出し、アレクに持たせた。



「ほら、戦利品」


「わあ! キレイですね!」



 魔物が強いほど、体内で生成される魔石は良質なものになる。


 アレクも討伐証明に回収したことはあったが、ここまで輝いているのを見るのは初めてだった。ドラゴンのブレスを閉じ込めたような、赤い塊だ。



「あのおじさんに届けたら喜びますね!」


「届けないよ。ここから出たらみんなと合流して次に向かうから」


「えっ!? あっ、まさか本当に報酬はいらないと……!?」


「ははっ、まだディンに夢見てるの?」



 きしむ身体を動かしてなんとか槍を背負い、ユーシャさんにおぶってもらう。



「良い魔石ってさ、高く売れるんだよね」


「なっ、それって自分の利益のためだったってことです!?」


「まあまあ、これくらいもらって当然でしょ。ところで、アレクはもっとキレイで高く売れる魔石あるの知ってる?」



 もっとキレイで高い……?


 アレクはうなりながら考え、ひらめいた。



「めちゃくちゃ強い魔物の魔石ですか!」


「それはそうだけどさ、それが答えで問題になると思った?」


「あっ、魔封石!」


「レベルが違いすぎて値段つかないと思うよ」


「うぅっ、いちいちケチつけないで下さいっ。正解を教えて欲しいです」


「魔導士の魔石だよ」



 脇腹をえぐられた時みたいに、ひゅっと息が詰まった。ユーシャの頭しか見えない今、どんな表情をして言ってるのか分からないのが怖かった。


 確かに魔導士も死体から魔石が取れる。だが、それは残された家族の形見となるべき物であって、売り物では決してない。


 考えもしなかった発想に、アレクは吐き気を覚える。



「あのおじさんは……カルム領の人たちは、どっちが死んでもよかったってことです?」


「なんだ、壊滅的に察しが悪いわけではなかったじゃん」


「悪い人はこらしめないと……!」



 ひどい話だ。アレクは昨日の道中でロゼリア教について聞いていた時も、今みたいに胸がざわざわして、苦しくなって、それ以上聞きたくなくて、ディンに迷惑をかけてしまった。


 あれは逃げだった。甘えだった。



「あんなの直接手を下す価値もないよ。別行動の三人に、ギルドへ悪質行為の報告をあげてもらってる。直にこの領は終わるだろうね」


「……でも、許せないです」


「それはお得意の正義感かな」


「そう……いや、少しちがう、と思います…………僕のお父さん、勇者だったんです」


「そっか」



 ユーシャのあいづちはそっけないようで、労わるような優しい響きがあった。


 お父さんが死んだのは仕方のないことだと思ってた。名誉の戦死とすら思ってた。それなのに、仇が魔物だけじゃないことを知ってしまった。


 戦うために槍を振ると決めた。それなら僕は僕の気持ちにも向き合わないといけないと、アレクは改めて覚悟を決める。



「僕、仇を討ちたいです。お父さんを殺した魔物にも、ロゼリア教にも。この思いがあれば、ユーシャさんは僕を信頼できそうですか」


「あー、試してたのバレてた?」


「あんな風にドラゴンの前脚吹っ飛ばせるならっ、狙えば首も落とせそうじゃないですかぁっ!」


「だよねー。やっぱり察し悪くはないじゃん」



ごまかすように笑いながらユーシャはそう言って、声のトーンを落とす。



「俺の両親さ、遺体から魔石を抜き取られてたんだよね。アーティのお母さんも。俺は、ロゼリア教からそれを取り戻したい。そして最期を見て、本当の仇が知りたい」


「お手伝いします!」


「あははっ、反応早いな。これで立派な運命共同体だね」



 背負ってもらっているアレクからはユーシャの顔が見えない。だが、目的を語ってくれたその言葉が、声音が、自分を仲間と認めてくれたのだと分かる。


 ユーシャは正義の人じゃない。


 でも、きっと、自信をつけさせるためにドラゴン退治に連れてきてくれた。試されたとはいえ、駆けつけてくれた時に見えた焦りは本物だった。


 そして今、背負ってくれている背中は、暖かい。わざとらしく笑うユーシャから、もう嫌な感じはしなかった。



「ユーシャさんの評価、いじわるからへそまがりに昇格です」


「え? 急に何? あんまり生意気なこと言ってると落とすよ?」


「わっ、ちょっ、手を離さないで下さいいっ!!」



 誰かを守るために槍を振るえと、お父さんは教えてくれた。その力を復讐に使うことを、どうかお許しください。


 心の中で祈り、アレクはユーシャの背中にしがみついた。

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