2ー2.きな臭い
「申し訳ございませんが、紹介所を通さない依頼は受けないことにしておりますので」
「ええーっ!? どうしてですかユーシャさんっ!!」
「いちいち受けてたらキリがないからだよ。緊急性があるなら住民はとっくに逃げてるはずだけどそんな様子はない……それとも、離れられない何かがこの地にあると?」
「住み慣れた土地が離れがたい、その一心にございます」
嘘だ。
あえて守護税のない領主不在の地に住み、魔物に困れば討伐依頼を出したり自ら倒したりして生きる者も確かにいる。
だがそれは、その土地にそれだけ魅力的な資源やらなにやらがあるからであって、故郷だからなんて気持ちだけではありえない。
領主が死んだ上に依頼する金もない領地なんて誰も領主にはなりたがらないのだから、住民は早くこの地を去ったほうがいい。
領民の代表とか名乗る時点で怪しかったが、討伐対象が伝説とかおとぎばなし上の魔物であるドラゴンである辺り、いっそのこと笑えてくる話だった。
「どうか、ご慈悲を!」
「こんなにお願いしてるのに助けないなんてひどいですよユーシャさん!!」
「あのね。俺たちの旅は慈善事業じゃないんだよ、アレク」
とうとう地面に頭をこすりつけるおじさんに、アレクが憤る。先ほどの話で察しないあたり、根っからのバカでお人好しだ。
「あぁ? なんの騒ぎだ?」
「あっ、ディンさん! ディンさんからも何か言って下さい!!」
帰ってきたディンはアルテシアから軽く経緯を説明され、うえっと顔をしかめた。
「さっさと出ようぜ、こんなとこ長居しねぇほうがいい」
「えっ、そ、そんな!! ディンさんは弱い人の味方じゃ……!!」
「クハッ、なにその理想の押しつけ」
アレクは今にも泣き出しそうな顔で、すがるようにアルテシアとシダーを見る。
「倒したとして、新たな魔物が出たらまた倒しにくるのですか? その場しのぎの討伐依頼をこなしたところで、この領地の状況はそう変わりません」
「同意」
あえなくバッサリと切り捨てられ、アレクの涙腺が崩壊した。
「どうして! 困ってる人を! 助けないんですかぁあっ!? ユーシャさんのばかぁあ!!!」
とんでもない声量に引いている間に、アレクが泣きながら走り去っていく。
「どうすんだ、アレ」
「うーん、このまま置いてっちゃう?」
「一人でドラゴンとやらに挑みかねない様子でしたが」
「そんな度胸あるかなあ」
なぜ一人だけ名指しで罵倒されたのか、ユーシャは釈然としなかった。単純だから扱うのは簡単かと思っていたが、こうも好感度が低いとなると一筋縄ではいかなそうだと嘆息する。
ひとまず頭を下げ続けるおじさんから離れるべく、宿を出る。どうか救いの手を、と嘆願するおじさんの声がしばらく聞こえていた。
このカルム領が危機に瀕しているのは事実のようで、すれ違う人も皆、しきりに頭を下げてくる。
「ユゥ、オレ夜にあのおっさん見たぜ」
「どこで?」
「この先にある洞穴の近く。お宝でもあるかと思ったが、バカデカい魔物しかいなかったな。それこそドラゴンみてぇなやつ。んで、あのおっさんが小せえ魔物の肉与えてた」
「うわあ……」
ただの魔物討伐ボランティアと思いきや、魔物を餌付けしているとなれば想像以上に酷い事情がありそうだ。
「ユーシャ、これはロゼリア教が絡んでいると見て良いのでは? そもそもこの地を宿に選んだのも、過去の勇者一行が必ず派遣されていたからですし」
「あー、そういえば何組か壊滅してたね。例のドラゴンが原因と見て良さそうかな」
道を進み魔物の生息域に近づくうちに、カルムの領民は辺りにはいなくなっていた。
人の気配がないことを確認し、ユーシャは指の骨を鳴らす。
顔と名が売れている以上、無報酬依頼をされたことはあるし何度も断ってきた。しかし、ロゼリア教が関係しているとなれば話は違う。依頼に関係なく倒す価値が出てくる。
だが、無報酬依頼を受けたなんて前例を作ると面倒なことになる。だから、これからやるのはただの討伐だ。
「よし。ドラゴン、倒そっか」
「ええ。止めはしませんが、気持ち悪い笑い方はやめて下さい」
きな臭い依頼がうさんくささを通り越して悪臭を放ち始めたら、いっそ楽しくなってくるものだ。
そんな心情を察していそうな上であからさまに引くアルテシアに、ユーシャは少し傷ついた。
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