2.カルム領

2ー1.理想と現実

「どうして! 困ってる人を! 助けないんですかっ!? ユーシャさんのばかぁあっ!!」



 とんでもない声量に引いている間に、アレクが泣きながら走り去っていく。



「どうすんだ、アレ」


「うーん。このまま置いてっちゃう?」


「一人でドラゴンとやらに挑みかねない様子でしたが」


「そんな度胸あるかなあ」



 アレクとは旅の目的に齟齬があるのは分かっていたが、それがここまで早く問題になるとは思わなかった。


 昨晩のことも思い出し、ユーシャは抑えきれなくなったため息を吐いた。











 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎











 ユーシャたちは城から逃げ出すと、日が暮れるまでアリア国郊外へと歩き通し、宿に入った。


 ユーシャは玉座の間での出来事を同室のディンへ説明しながら、自分の中でも情報を整理していく。



「わかっていたことだけど、王様とロゼリア教の繋がりは黒だったよ」


「クハッ、そりゃ五年も勇者サマごっこしておいて、ロゼリア教に対してはろくな成果がありませんでしたーってわけだ」



 ふと、パタパタ走る音が聞こえ扉がノックされる。



「ディン様、ディン様! ちょっと良いですか? 失礼します!!」


「いや、ダメだ……ってもう入ってんじゃねぇか」



 現れた人物へディンは露骨に嫌そうな顔をした。昼間ディンにじゃれつきまくったせいで、今改めて情報共有する羽目になった元凶、アレクだ。



「あのっ、本当に僕のこと覚えてないですか!?」


「アレクだろ、確か」


「いや、そうじゃなくてですね」


「会ったことがあるってか?  記憶にねぇわ」


「そうですか……」



 アレクが興奮気味だった様子を一転させ、大げさなほどに眉を下げる。コロコロ変わる表情を見物していたユーシャと目が合ったとたん、また笑顔が戻ってきた。



「あっ、ユーシャ様とお話中だったんですね! どうやって王様をやっつけるのか僕も聞きたいです!」


「倒すのはロゼリア教、ね。まあ、王もまちがってはいないけど」


「なるほど! ロゼリア教が相手でしたか!!」



 ユーシャは呆れてため息を吐く。この子は本当にディンに夢中で話を聞いていなかったようだ。黙って聞いていたシダーを見習って欲しいものだった。


 あれはあれであいづちの言葉すら発さなかったのは寡黙がすぎるが。



「アレクはさ、よくその正義感だけでついてくる気になったね。本当は俺たちが悪者かもしれないよ?」


「わるーい人たちから財宝を盗んでこらしめるディン様が悪なわけがないです!!」


「へいへい。んじゃ、正義のヒーロー様はお外を見回ってくるとしますかねぇ」



 キラキラと向けられる視線を心底うっとうしそうに手で払い、ディンが窓から出て行った。


 これを押し付けて一人だけ逃げるとは卑怯な。キラキラの視線は窓を恨めしくにらむユーシャに移る。



「あの、ディン様とはどうしてお知り合いに? いつから義賊を? それからそれからっ」


「はいはい、今日は遅いからもう寝ようね」


「はい! ユーシャ様!」


「様はいらないよ。ちなみに、ディンも様付け嫌いだからね」


「わかりました、ユーシャさん!」



 思っていた以上のディン信者だ。そのうちディンへの幻想がくずれて敵対……なんてならなければいいが。


 アレクは護術と身体強化術のどちらも使えるらしい。戦力としては役に立つ。しかし、それを役立てるためには早いところ信頼を得ておいたほうが良さそうだ。まあ、単純そうだしやろうと思えば簡単だろう。


 ユーシャは考えをまとめるとディンが出た窓を閉め、ベッドへ横になる。城で派手に魔法を使った上に歩き通して疲れた身体は、すぐ眠りについた。



 トントンと、ノックの音に目が覚める。


 空は明るいが、隣のベッドにディンの姿はない。戸を開けるとすでに出立の準備を済ませたアルテシアが立っていた。



「おはようございます、ユーシャ。面倒ごとが舞い込んできましたよ」


「なに? 指名手配でもされた?」


「いえ、私たちの処遇についてはまだ知らせが届いておりませんね。それより、領民の代表を名乗る者が貴方を訪ねてきました。魔物の討伐依頼です」


「うわあ……下で待たせてる? 今行くよ」



 顔を洗って髪を整え、剣を差す。ロビーへ降りると、アルテシアのほか、アレクとシダーもすでにいた。



「道行く姿をお見かけしましたが、やはり貴方様は〝みんなの勇者様〟……! 無礼を承知で申し上げます、どうかこのカルム領をお救い下さい!」



 ユーシャの姿を見るやいなや、おじさんが床につきそうな勢いで頭を下げる。



「〝みんなの勇者様〟?」


「ユーシャの異名にあたります。一応この人、ギルドの討伐依頼指名数が現在のトップですから」



 一応とはなんだろうか、一応とは。それはともかく、シダーは良いとして同業のアレクまで初耳らしい反応なのは世間知らずが過ぎないか。


 ユーシャの名と容姿を活用した傭兵業の宣伝は、実力もありとても上手くいっていた。それこそ勇者に選ばれるほどに。それでもまだ知らない者がいる事実に、少し自信を失う。


 そんなユーシャの気も知らぬ様子で、アレクは興奮気味で話し出した。



「近くにドラゴンが出たそうなんですっ!」


「は? ドラゴン?」


「一度この目で見ましたが、まちがいございません。ドラゴンに怯えた魔物たちが集落の近くまで活動範囲を広げており、このままでは被害が出るのも時間の問題です」


「領主は何を?」


「二年前にカルム様が魔物討伐から帰って来られないまま、この地に領主様はおりません。魔物に脅かされるたび討伐依頼を出しておりましたが、そのお金ももう……」



 魔導士には領主として土地を守るか、定期的に討伐依頼を受けるかなど、国の安全に貢献する義務がある。


 しかし、前任が魔物に殺された領地、それも辺境とあれば後任がつきにくいのもわかる話だ。


 逆を言えば、理解できる部分はそこしかない。

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