1ー3.旅は道連れ

「貴様も仲間かアルテシアっ!!」



 王の言葉に、アルテシアが淡々と鞭を振るい兵を戦闘不能にして応えた。


 ユーシャはアレクとシダーを相手取るのはやや面倒かと考えていたが、意外にもすぐに王のために動きそうにはない様子に目標へと向き直る。


 いよいよ王を目前にして、剣を突風へと変えて近衛を吹き飛ばす。



「改めましてご無沙汰しております、叔父様。この距離なら腹を割って話せそうですね」


「貴様と話すことなどない!」


「私はあります。叔父様、貴方ロゼリア教と組んでますよね? でなければ父上も私も、暗殺なんてできなかったでしょう」



 王の顔色は幽霊でも見たかのように面白いくらい青い。その反応からして、ロゼリア教とのつながりに関しては真っ黒だ。


 ユーシャは謁見前に剣を回収されていてよかったと独りごちる。この場で殺したら面倒だと分かっていても、手元にあれば勢いで斬ってしまいそうだった。



「なぜ今さら現れた。狙いは王位か?」


「今さら、なんて白々しいですね……私は平穏に暮らせれば良かった。それなのにロゼリア教の襲撃は止むことを知らない。それで気づいたのですよ。やっぱり復讐するしかないんだなって」



 王のささやくような言葉に、ユーシャは静かに答える。その間に戦意のある兵をあらかた片付けたアルテシアが側まで来ていた。



「陛下、五年前にこの場所で何があったのかお教え下さい。父は前王を護れなかった不名誉どころか、未だ王を手にかけた疑惑をぬぐえていません。まさか、知らないなどおっしゃらないでしょう?」


「予は……あの場にはいなかった」


「それがなんだとおっしゃるのですか。殺されたのは王妃も、ヴァロア国の王子も、そして私の母もいました。その全てを、父が殺したとささやかれているのはご存知でしょう、そうなるように仕組んだのでしょう!!」



 王は沈黙した。口調に熱のこもるアルテシアの肩にユーシャはそっと手を置いて、首を振る。ここで問い詰めたところで出るような答えなら、もう調べがついていたはずだ。


 アルテシアは王に背を向け、八つ当たりのように立ち上がった兵へ魔法をぶつけた。


 不意に、玉座の間の戸が開く。増援かと思えば、そこには一人の兵しかいない。



「陛下っ、侵入者です! 宝物庫に忍び込んだ男が一名。現在逃走しております!!」



 兵は玉座の間の状況に目を白黒させながらも、自分の報告を全うする。


 真っ青だった王の顔が、怒りで赤みを帯びてくる。



「こんな時にっ! いや、まさか!!」


「そのまさか、ってな。ほらよ盗ってきたぜ、ユゥ」



 報告した兵を殴り倒し、男が一人玉座の間へと足を踏み入れる。


 派手なオレンジ色の頭に切長の黄色い目が特徴的な男は、長いマフラーを揺らしてユーシャに持っていたものを投げた。


 勢いよく宙を飛んだそれを、ユーシャはなんとかキャッチする。それは腕輪だったが、装飾は青い石が一つしかついていない。ぽっかりと空の台座が四つ空いていた。



「国宝投げるなよ、ディン」


「へいへい。国庫に侵入して城内かき回したオレに労いの言葉は?」


「はいはい。流石は天下の義賊様でございますね」


「は、〝疾風の義士様〟ぁっ!?」



 ずっとオロオロしていたアレクの驚いた声が響く。〝疾風の義士〟は悪い金持ちから金目のものを盗み、悪事を暴く、巷で話題の盗賊だった。


 話題の盗賊、ディンは兵を適当にあしらいながら進み、ユーシャに回収していた愛剣を手渡す。


 腕輪も手渡せよという言葉を飲み込み、ユーシャは剣をベルトにかけると腕輪を装着した。



「うーん……最強の魔道具とか聞きましたけど、ただキレイなだけであまり力とか感じませんね。かの英雄アリアが魔王を撃ち破るために使ったって話、独り歩きしてます?」


「貴様、〝魔封石まふうせき〟を集める気か!?」


「ええ。王様、勇者を使って探してますよね。それがロゼリア教のためなら邪魔したいなぁ、なんて思いまして」


「ならぬ! させるわけには……!!」



 王の焦りと恐怖の混じった表情に、ユーシャは微笑んだ。もはや王は取りつくろう余裕もない。



「ロゼリア教の者にお伝え下さいね。魔封石が欲しければ両親の形見を返せ、と。ちなみに私のことを表立てて指名手配すれば、どう出るかなんて想像がつきますよね」



 ユーシャが思わせぶりに左手をひらひらと振る。その手袋の下にある痣の効力は、この場の混乱が証明している。



「ぐっ……全兵、この盗人どもを捕えよ! 決して逃すな! アレクとシダーは何をしておる! 貴様らも投獄されたいか!?」


「まあ、ここで押さえちゃえば早いしそうなりますよね。できればの話ですが……〝我命ず。光よ、槍と化せ〟」



 王の命令に、一度倒されて怯んでいた兵たちが立ち上がった。ユーシャは魔法陣から発光する槍を後ろ手で取る。ディンとアルテシアに素早く目配せすると、槍を掲げた。



「〝光よ、輝け〟」



 玉座の間を閃光が埋め尽くす。目も眩むまばゆい光に、そこら中からうめき声が上がった。



「ご機嫌よう、叔父様。どうか貴方様が毎夜不安で眠れぬ日々をお過ごし下さいますように」



 兵士たちと同様に目を押さえて転がる王へ一礼し、ユーシャは玉座の向こうへと走り出す。


 再び光魔法を展開し、壁を間近にしたところで手に取った光の槍を勢いに乗せて投げる。壁にぽっかりと大穴が空いた。



「ま、待って下さい!!」



 ユーシャに続き、玉座の間から去ろうとするアルテシア、ディンの前にアレクが立ちはだかる。


 頼りない見た目ながら、魔法での目潰しを察知してかわせるくらいの実力はあったようだ。同じくシダーも、ユーシャとの間合いを詰めてくる。


 流石にその辺の兵士のようにはあしらえないだろう。魔法を展開すべく武器のイメージを固めるユーシャだったが、アレクもシダーも様子がおかしい。


 アレクはプルプルと震え、シダーは変わらずの無表情。だが、どちらも武器を抜いていない。



「王子様に、疾風の義士様……きっと貴方たちが正義なんですねっ! それなら僕はっ! お供したいですっ!!」


「……は?」



 興奮した様子でまくし立てるアレク。予想していなかった展開に、ユーシャは面を食らう。


 王に近づいてからの会話はほとんど聞こえていないはず。それでこの態度は正義感が強いのか、思い込みが激しいのか。



「ん、予言通り。シダー、よろしく」


「は?」



 かたやシダーはユーシャに向かって手を差し出し握手を求めてくる。その無表情と言葉の少なさからは何も読めない。


 そうしている間にアルテシア、ディンも壁から玉座の間を抜ける。


 後をついてきたアレクはシールドを展開して壁の穴をふさいで追っ手を減らし、シダーは騒ぎに寄ってきた者を鞘に収めたままの刀で打ち据える。早くもしっかりと貢献してくれてしまっている。



「どうするよ、これ」


「ついてきてしまったものは仕方がないのでは? とにかく今は逃げましょう」


「その通り」


「旅はみんなで世は楽しい、ってやつです!」


「……どうするよ、これ」



 すでに仲間面が激しいシダーに、頭がハッピーなことわざを唱えるアレク。アルテシアは早くも諦めているし、ディンは他人事のように笑っている。



「まあ、今はとりあえずいっか」



 光の槍を作り、目の前の壁を壊す。このまま突き進めば城の裏から外へ出られる。


 すべて予定通りに行くなど思っていなかったが、仲間が増えるなど予定外もはなはだしい。


 復讐の旅路は思ったよりにぎやかなものになりそうだと、ユーシャは苦笑した。

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